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死生観から社会変革へ:ChatGPT時代における複雑ネットワーク制御の可能性

健康危機がもたらした「書く意味」の再考と社会的な分断を防ぐための技術的なアプローチ

2025-03-25
8分
ChatGPT
生成AI
社会変革
複雑ネットワーク制御
コミュニケーション
社会ネットワーク分析
AI技術
吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

死生観から社会変革へ:ChatGPT時代における複雑ネットワーク制御の可能性

死の影が教えてくれた「書く意味」

人は死を意識したとき、何を残したいと思うのか。

33 歳の私が人間ドックで「大腸がんの疑い」と告げられたとき、この問いに向き合うことになった。骨折すらしたことがなかった私にとって、自分の死が現実味を帯びる瞬間だった。

検査結果を待つ数週間、私の頭の中は混乱していた。「もし死ぬなら、いま必死に取り組んでいる研究も途絶えてしまう」という落胆。そして同時に、「だからこそ、自分の意思を継いでくれる誰かのために情報を残さなければ」という使命感。

結果的には良性の腺腫(ポリープ)を除去し、今のところは大丈夫そうだ。しかし、この経験は私に強烈な気づきをもたらした。

人はいつ死ぬかわからない。だからこそ、自分の思考や価値観を形にして残す行為には意味がある。

この「書く意味」の再発見は、AI が文章を自動生成する時代において、より重要性を増している。ChatGPT で簡単に情報を得られる今、単なる知識の整理や情報提供のための文章は価値が薄れつつある。しかし、誰かの感情や経験が乗った文章、その人の魂が宿った言葉には、AI 時代でも揺るがない価値があると確信している。

かつてブログを書かなくなった理由の 1 つは、SNS での炎上リスクだった。「叩かれるくらいなら書くメリットの方が少ない」と思っていた私が、健康上の危機を経て、再び筆を取る決意をしたのは、死を意識したからこその勇気だったのかもしれない。

和談が目指す「コミュニケーションの再定義」

改めて自己紹介をしたい。私は株式会社和談の代表取締役社長、吉崎亮介である。といっても、現在は私一人の法人だ。和談は「対話の再定義による組織変革の実現」というミッションを掲げて始まった。

このミッション設定の背景には、私自身の強い問題意識がある。

人から元気をもらうのに、人に傷つけられる。

この矛盾した現象にもっと真正面から向き合い、人からもらう元気を増やし、人に傷つけられる(傷つける)ことをゼロにしたい。そのために、私が専門としている人工知能(AI)技術を駆使して、より良いコミュニケーションの実現を目指したいと考えた。和談という社名には、「和やかなコミュニケーション(談)」を実現したいという願いが込められている。

しかし、研究を進めるうちに、私の視野はさらに広がった。

良いコミュニケーションは真空中では生まれない。人と人との関係性が良好であってこそ、価値あるコミュニケーションが生まれる。つまり、コミュニケーションの質を高めるためには、その土台となる人間関係のネットワークにも注目する必要がある。

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社会ネットワーク分析から複雑ネットワーク制御へ

人間関係のネットワークを学術的に研究する分野として、社会ネットワーク分析(Social Network Analysis; SNA)がある。

SNA と聞くと馴染みがないかもしれないが、社会ネットワークサービス(Social Network Service; SNS)なら誰もが知っているだろう。この類似した略称は偶然ではない。SNS はまさに人と人のつながりを可視化し、その関係性を促進するためのプラットフォームなのだ。

SNA では、グラフ理論と呼ばれる数学的基盤を用いて、人と人の関係をグラフ(ネットワーク)として表現する。このアプローチにより、人間関係を数学的に分析したり、そのネットワークの安定化や最適化に向けた制御を考えたりすることができる。

しかし、人間のネットワークを制御するには大きな課題がある。

「A さん、B さんと繋がりましょう!」とシステム的に介入しても、多くの人は行動しない。人はメリットを享受できるか、または損失を回避できるときにのみ行動するものだ。これは行動経済学でよく議論されている人間の特性である。

電力ネットワークのような物理システムであれば、どこの電力量を増減させるかという機械的な制御で結果を変えられる。しかし、人間は不確実性が高く、制御しにくい。むしろ、操られていると感じると逆効果となる。

だからこそ、その人が自ら選択したかのように自然に行動を促すナッジが有効なのだ。人間を扱うことは他のシステムに比べて複雑だが、それゆえに興味深い研究対象でもある。

人間の群れのように簡単に表現できないシステムは「複雑系」と呼ばれる。そして、複雑なネットワークを望ましい方向に導くアプローチが複雑ネットワーク制御だ。これが現在、私が最も関心を持っている研究領域である。

社会的分断の危機と複雑ネットワーク制御の可能性

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なぜ今、複雑ネットワーク制御が重要なのか。その理由は日本が直面している構造的課題にある。

高度経済成長期のように全体として景気が良ければ、多くの人の行動を精緻に制御しなくても、社会全体が良い方向に進んでいた。しかし現在の日本は少子高齢化の真っただ中にある。労働人口は減少し続け、高齢者の増加により社会保障費は増加の一途をたどっている。収入は少ないのに支出は多い。これは明らかに持続不可能な状態だ。

この状況が続けば、若者世代と高齢者世代の間の対立が激化する可能性が高いだろう。若者は減少が予測される年金を払いながらも収入は上がらず、負担だけが増大していくことへの不満を抱える。一方、高齢者は自分たちがこれまで納めてきた年金や税金に基づく権利を主張する。

どちらも各自の立場では正義を主張しているからこそ、相容れない。しかし、このような対立は建設的な議論ではなく、単なる不満の応酬にすぎない。

社会的分断を防ぐ鍵となるのは「余裕」だ。余裕がなくなると、人は自分を守ることしか考えられなくなる。目の前の食べ物に飢えているときに、30 年後の日本の未来について考える余裕はない。だからこそ、余裕がある今のうちに、長期的な問題に対処していく必要がある。

フランスの思想家ルソーが唱えた社会契約論によれば、人は奪い合うよりも、支え合う方がメリットが大きく、合理的な選択となる。しかし、現代社会に生まれ育った世代は、競争社会の中で生き抜くことが当然と考えがちだ。

適切な競争は社会を活性化させるが、余裕のなさが加速すると、人間同士の闘争状態が生まれかねない。このような社会の出現を防ぐ手段として、複雑ネットワーク制御が重要な役割を果たす可能性がある。

命の転機から見えた研究の本質と未来への責任

大腸がんの疑いという命の転機を経験して、私は自分の研究の本質的な意義を再確認した。

それは単なる技術的興味や学術的貢献にとどまらない。社会の分断を防ぎ、人々が互いを理解し、支え合える持続可能な社会を構築すること。これこそが私の研究の最終目標である。

複雑ネットワーク制御は、社会の諸問題を解決するための魔法の杖ではない。しかし、人間関係のネットワークを理解し、適切なインセンティブ設計やナッジを通じて、人々が自発的に協力し合う社会を促進する可能性を秘めている。

情報

複雑ネットワーク制御研究の核心は、「いかに人々を操作するか」ではなく、「いかに人々が自らの意思で協力し合える環境を構築するか」にある。これは技術的挑戦であると同時に、倫理的配慮が不可欠な領域でもある。

命の危機を経験したからこそ、私はより強く感じている。日本の未来から逆算して、今できることに取り組みたい。和談という名前に込めた「和やかなコミュニケーション」の実現は、複雑ネットワーク制御を通じた社会変革への第一歩なのかもしれない。

この記事が私の思考の記録となると同時に、同じ問題意識を持つ人々との対話のきっかけになることを願っている。もし、このテーマに関心を持った方がいれば、ぜひ一緒に研究や社会実装を進めていきたい。

人は死に直面したとき、何を残したいと考えるのか。 私の答えは明確だ。それは、より良い社会を実現するための種まきである。

吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

「知の循環を拓き、自律的な価値創造を駆動する」をミッションに、組織コミュニケーションの構造的変革に取り組んでいます。AI技術と社会ネットワーク分析を活用し、組織内の暗黙知を解放して深い対話を生み出すことで、創造的価値が持続的に生まれる組織の実現を目指しています。

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