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Vibe Coding革命:生成AI時代に完璧性より速度を重視すべき理由

Claude・ChatGPTとの1ヶ月の協働開発から見えた実装コストの激減と新たな価値観

2025-03-28
17分
ChatGPT
Claude
生成AI
Vibe Coding
AI協働開発
開発生産性
開発効率化
吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

Vibe Coding革命:生成AI時代に完璧性より速度を重視すべき理由

プログラミングの価値観が変わる時代の始まり

これまで GitHub Copilot Workspace などかなりのコーディング支援をする AI ツールがあったけれど、基本的には「自分がレビューをすることが前提」だった。コードの品質を保証するのは人間であるという責任感のようなものがあり、それが当然だと思っていた。

しかし、あるブログでハッカソンの話を読んでふと疑問が湧いてきた。エンジニアの人よりも、セールスなど非エンジニアの方が短い時間で良い成果物を出していたという事例だった。

なぜだろう?それは彼らが AI を全面的に信頼し、レビューにこだわらなかったからではないだろうか。

私自身、「もしかしたら自分もこのエンジニア側になってしまうかもしれない」とハッとした。エンジニアとして完璧性を求める私こそが、変化への抵抗勢力になりかねないのではないか。

コードレビューという「責任」の重さ

なぜそう感じたのかというと、コードレビューを前提としたプログラミングでは、自分の肉体がすでにボトルネックになっていると日々感じていたからだ。

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軽微な修正でも GitHub Copilot などの AI が 3 分で提案してくれるものを 1-2 時間かけて検証してからマージする。確実にボトルネックが人間側にあった

でも考えてみれば、これって本当に必要なプロセスなのだろうか?品質を保証するのは人間であるという責任感なのか、単なる思い込みなのか。「コードは絶対に見ないといけないもの」だと無条件に思い込んでいたけれど、これって AI と協働する時代における正しいスタイルなのだろうか?

ボトルネックは本当にどこにあるのか?

私はこの問いに向き合うため、否定からは始まらないと決めた。一旦新しいスタイルを全面的に受け入れてみて、そこから自分のこれまでの価値観と照らし合わせて考えてみようと約 1 ヶ月間、ほぼ毎日コミットし続けてみた

ちなみに、この 1 ヶ月は特別な期間だった。2 月 28 日に待望の息子が生まれ、AI と私の格闘と同時に、初めての子育てとの格闘でもあった。普通なら仕事が思うように進まない状況だったはずだが、結果から言えば逆だった。これはなぜか?

なぜ「実装コスト」が AI 時代の重要な変数なのか

初めてみると驚くほど心地よい体験だった。約 1 ヶ月前の 2 月 25 日から 3 月 26 日まで GitHub にコミットしない日は一度もなかった。平日休日問わず毎日コードを書き続けられた。

自分にこの仕事を義務付けていたわけではないのに、なぜこれほど継続できたのか。それは仕事のリズムと満足度が根本的に変わったからだと思う。

「手作業 8 時間」vs「実装 20 時間」のジレンマ

従来のソフトウェア開発では、コストパフォーマンスが常に問題だった。コードを書く時は少なくとも 100 人以上が使えるような前提でないとなかなかペイしない。だからこそ、使い捨てのコードのようなものを作ることはなかなかできず、仕事で知的好奇心が満たされたり、人助けをできるという感覚は正直薄かった。

多くの顔や名前も知らない人が使うためのツールを開発するのが日常だった。これは何を意味するのか。目の前の問題を解決しようとすると、処理に手作業で 8 時間かかるものを 20-30 時間ほどかけて自動化するための実装をする必要がある。実際に使ってみるとさらにバグは出てデバッグ作業も必要だから、合計で 30-40 時間かかることも珍しくない。

手作業で 8 時間というのは超絶めんどくさいが、これが結構ポイントで、かといってプログラムを書いて自動化するほどではない

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AI 実装による時間価値の逆転現象

では、この状況がどう変わったのか?AI と雰囲気でコーディングする「Vibe Coding」というスタイルに出会って、経済合理性の方程式が一変した。

先述した 100 人以上、多ければ 100 万人に使われるようなサービスはこれからもしっかりコストをかけて人間の目を入れていくべきだ。これは規模の経済の恩恵を受けられるからだ。マンションも大きければ共同スペースや立派なエントランスを持てるという原理と同じだ。

一方、Vibe Coding では確かに保守性などの観点をみると従来より低いかもしれないものの、実装コストが急激に下がることにより適用できる仕事の幅が一気に広がる

8 時間かかっていた手作業が場合によっては 30 分で AI により実装でき、1 時間以内に作業が完了することもある。実際にデータの前処理などで私はこのような恩恵を何度も受けた。今までは貴重に使ってきたコードすら、書くたびに使い捨てることができる。もったいなくは感じるが、不思議と新鮮だった。

適用範囲の爆発的拡大が意味するもの

では、それが意味することは何だろうか?

実装に時間がかからないということは適用できる範囲が圧倒的に広がる。目の前の数人のための自動化もコスト的には見合うかもしれない。なんなら自分のためだけのコードを書いても良いかもしれない。

Vibe Coding が挑むのはこれまでの堅牢に作られていたシステムの代替ではない。むしろGUI で操作していたけれど、痒いところに手が届いていなかったり、同じ作業を同じ時間でしないといけなかった場所なのかもしれない。

1 度コードを書けば何度でも自動化できるし、要件が変われば変わった要件を伝えるだけでコードの実装は数分で終わる。その結果として、作れるものと作れないものの境界線が劇的に変わったのだ。

子育てとの両立も可能になった理由がここにある。子育てと Vibe Coding の相性は抜群で、ミルクをあげている間も、沐浴をしている間も、AI がずっとコードを書いてくれる。子育ては奥さんのサポートが最優先事項だが、これまでの働き方と同等かそれ以上の成果をこの 1 ヶ月では出すことができた。これは育児と仕事の両立にかなりの朗報だと思う。

完璧性への執着から解放される心理的効果

このような時間価値の逆転現象だけではない。もう 1 つ大きな変化があった。それは心理的な変化だ。

「指示する側」と「指示される側」の心理学

ある程度プログラミングになれている私でも、Web ページを作るのはなるべくノーコードを使ってきた。これは作れる作れないといった判断だけでなく、コスト的に作るべきか否かというもう 1 軸を追加していたからである。

ノーコードは直感的に操作できるので、修正したい箇所を直接指定すれば修正できる。この利点は大きい。ただ一方で、色を変更するといった単純な処理でも同じような箇所をすべてクリックして修正してという手作業から逃れることはできない。

これが AI を使ったコーディングでは状況が逆転する。色や機能など一元管理する仕組みも AI と作るので全体の色を修正する作業なら「特定の色を別の色に変えて」と依頼すれば数分後には全部漏れなく書き変わっている。もし多少の漏れがあっても「ここの色が修正漏れ」と人間が指示するだけで間違いなく修正される。

ここで気づいたことがある。人は指示を出すのは好きだけれど指示を出されるのは嫌なものだ。その嫌な役目を AI が担ってくれるのは非常にモチベーションを保つのが簡単になる。

作業自体も楽だけれど気持ちも楽なのだ

なぜプロトタイピングがこれほど爽快なのか

実際に Web サイト(ブログ)を作ってみて気づいたのは、ノーコードで作るよりもはるかに体験が良かったことだ。この爽快感はどこから来るのだろうか?

まず、作業のリズムが自分のペースになる。AI が実装している間に次のアイデアを考えられる。また、AI への指示が適切なら短時間で結果が出るので、フィードバックループが非常に速い。

さらに、教えることの楽しさもある。「こういう風にしたい」という漠然とした要望を AI が理解し形にしてくれると、まるで有能な新人に教えるような満足感がある。そして何より、コミュニケーションのストレスがない。人間同士なら気を遣ったり、誤解が生じたりするコミュニケーションコストが激減する。

溜め込んできた「nice to have」の解放

そして、今までブログにおいて「nice to have」のカテゴリに入る機能(概念を知っていても実装を後回しにしていたもの)も、AIに依頼すると試行錯誤も含めて数時間で完成させてしまう。

私が時間とお金に余裕があればいつの日か、こんな機能を実装したいと思ってきたことを次々と実現できる。これは長年溜め込んできた欲望の解放と言えるかもしれない。

AI と協働することで、「あったら良いな」レベルの機能をためらいなく実装できるようになったのは、どれだけ心理的な解放をもたらしているだろうか?これまでの「重要度 vs 緊急度」のマトリクスで考えると「重要だが緊急ではない」機能が劇的に実装しやすくなった。結果的にプロダクトの完成度が高まる好循環が生まれている。

3 つのプロジェクトに見る「AI 駆動開発」の軌跡

このような思いで、これまで作ってみたいと思っていたアイディアを形にしてみることにした。そこから見えてきたのは、プロジェクトによって進化していく AI 協働の軌跡だった。

投資家と起業家をつなぐプレ面接システムの実験

1 つ目は投資家が起業家とプレ面接するシステムである。自分の中であれば嬉しいと思ったものに取り組めるというのが Vibe Coding の醍醐味だと感じた。

ここ数年、私も起業家として起業家に寄り添った活動をしたいと起業家育成やエンジェル投資をしている。文部科学省からアントレプレナーシップ推進大使にも任命いただき、全国の小中学校を回って起業家精神を伝える活動も行なっている。

そんな中で悩みもあった。昨今の起業ブームというか、起業への敷居が下がった影響なのか、とりあえずエンジェル投資を受けてからスタートでしょというレベルや志が低い起業家の卵がいることがある

そんな人と面談するのは私のモチベーションも下がるので極力避けたい。だから、エンジェル投資を受ける人は信頼できる知人からの紹介に絞っており、他は基本的に対応していない。おそらく戦略的には効率の良い方法だが、一方で、本当にやる気があって志も高いにもかかわらず、私との接点が無いために見落とされてしまう人がいることも事実だ。

この問題を解決するため、面接前の AI による評価システムの開発を試みた。起業家が投資資料をアップロードすると、AI がそれを分析し、深掘りすべき質問を自動生成する。そして対話を通じて起業家の志や技術力を評価するシステムだ。

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このシステム開発で最も驚いたのはスピード感だ。このプロダクトは構想から一旦の完成まで約 1 週間だった。今までなら 1 週間だとアイディアを練っているだけで終わって UI はおろかアルゴリズムなど全く作れなかったはずだ。

実際にアルゴリズムの検討だけでなく UI まで実装できたことで、この動作風景を動画に撮っておき、知人に見せることができた。親友が VC なので実際に使えるかどうかの議論ができた。やっぱり動くものがあると、興味関心が違う

「内部設計」へのこだわりが生み出す将来価値

AI を使って作るプロダクトでは何を作るかだけでなく、どう作るかにも結構こだわりがある。Vibe Coding をする際に決めていたのが、よくある「AI 驚き屋」と呼ばれる人たちとは違うアプローチだ。

プロダクトを作る時、成果物が完成すれば良いだけではないと私は思っている。例えば X(旧 Twitter)のクローンを作って、と依頼すれば確かに今なら AI でかなり再現できる。しかし実際のプロダクト開発では独自の視点が重要で、オリジナルでなければビジネス的には意味がない。

クローンは見た目や機能をそのまま再現すれば良いだけだが、独自性を持ったプロダクトはこれとは全く異なる。また、作り方の過程へのこだわりも重要だ。例えば車を作る時に手作業で 1 台作ればそれで終わりか、何万台も作る必要があるかで設計プロセスが異なる。

私は過程を考えることが大好きで、プロダクトの価値は内部の過程の品質の高さで決まると思っている。表面的にはプロダクトの使いやすさが注目されがちだが、それも内部の造り込みの価値が表面化したものだ。

プロダクトは長期戦であり、製造業では産業機械という機械を作るための機械がある。この考え方が私は好きで、良い製品を作っている会社は産業機械の品質も最高峰だ。プログラムも表面的な部分だけでなく、それを支える環境まで徹底的にこだわるべきだ。

情報

AI 駆動開発において最も重要だったのは Memory Bank の設定である。これはAI とのタスク間で文脈を維持するための仕組みで、プロジェクト進行に関する重要な情報を書き込み、タスクの最初に確認する方法である。公式が提供する Memory Bank 用の Custom Instruction を活用すると効果的だ。

仕様書と実装の往復運動を加速する方法

2 つ目のプロジェクトでは、最初のプロジェクトの経験をベースに、より効率的な AI 協働のパターンを見出した。特に気づいたのは、仕様書の書き方とタスク分割の重要性だ。

AI といえども、従来のシステムエンジニアリングと同じ枠組みが有効だ。要件である仕様書を正しく詳細に書き、それを反映したテストでレールを敷き、その上を AI でコーディングさせていく。ただし重要なのは、小さなタスクに分割することだ。

Cline や Roo Code などを使ってみると、1 タスクあたり 15 分程度で完了するように分割するのが最適だと感じた。タスクが長すぎると途中で方向性がずれたり、コンテキストが失われたりするリスクが高まる。

また技術的にも工夫の余地がある。例えば、検索関数を活用して既存のコードを効率的に参照させたり、apply_diffなどの差分ベースの更新を指示したりすることで、トークン消費を抑えつつ効率的に作業を進められる。

タスク最適サイズ=AIの集中力維持時間人間の介入頻度の最適値\text{タスク最適サイズ} = \frac{\text{AIの集中力維持時間}}{\text{人間の介入頻度の最適値}}

3 つ目のプロジェクト(このブログの開発)では、これらの知見を全て活かして、設計から実装までの全プロセスを AI と協働で行った。その結果、これまでよりもさらに短時間で高品質なプロダクトを生み出せるようになっていた。

人間と AI の新しい協働モデルへの展望

さて、約 1 ヶ月間の Vibe Coding 体験から見えてきた未来像について考えてみたい。

レビュアーから「方向性を決める人」への転換

今私たちは、AI と共に働く新しい時代に突入している。そこでは実装の時間がかからないことで、これまで踏み込めなかった領域への挑戦も可能になっている。目の前の小さな問題に対しても、効率的に解決策を提供できるようになったのだ。

これはプログラマーの役割と自己認識の大きな転換を意味している。

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「完璧な実装者」から「方向性を決める人」へ。コードの完璧さを追求することより、何を作るべきかという方向性の決定がより重要になっている。AI が実装を担当してくれる今、人間には別の役割が求められるようになった。

新しい開発文化が求める能力とは

では、AI 時代の開発者に求められる能力は何だろうか?

  1. 要件の明確化能力: 曖昧な要求を明確な仕様に落とし込む力がより重要に
  2. 領域知識の深さ: AI は知識を持っていても、その正確性を判断できるのは専門家のみ
  3. 構造的思考力: 複雑な問題を小さなタスクに分解する能力が AI 協働の成否を分ける
  4. 実験と学習の迅速化: 仮説を素早く検証し、学びを次に活かす反復サイクルの加速

特に重要だと感じたのは、プロンプトエンジニアリングを含むAI とのコミュニケーション能力だ。人間同士のコミュニケーションとは異なる独自のスキルセットが必要とされている。

これからの 1 年で起こりうる変化の予測

最後に、この先 1 年でどのような変化が起きるだろうか?

私は小規模な自動化の爆発的増加を予想している。これまで「手作業で 8 時間」vs「実装 20 時間」のジレンマで諦められていた自動化が、「手作業 8 時間」vs「AI 実装 30 分」という方程式に変わるからだ。

また、プロトタイピングから本番実装の境界線の曖昧化も進むだろう。「とりあえず作ってみる」文化がより一般化し、アイデアから実装までの時間が劇的に短縮される。

そして何より興味深いのは、AI との協働に適した新しい開発手法や設計パターンの登場だ。これはまだ萌芽段階だが、Memory Bank のような仕組みを始め、AI の特性を最大限に活かすための方法論が次々と生まれていくだろう。

AI との協働を通じて私自身も大きく変わった。コードレビューに費やす時間から解放され、より多くの時間をアイデアの探索と実験へ充てられるようになった。そして何より、「気持ちも楽」になった。指示を出される立場ではなく、指示を出す側として集中できるからだ。

この 1 ヶ月の実践で見えてきたのは、AI 時代の新しい開発文化の可能性だ。速度と実験を重視し、小さな成功と失敗を素早く繰り返しながら進化していく文化。それは従来のソフトウェア開発の常識を根本から覆すものかもしれない。

実装コストの劇的な低下は、私たちの想像力に新たな翼を与えてくれた。今後もこの新しい協働スタイルを探求しながら、AI と人間のそれぞれの強みを活かした開発の形を模索していきたい。

「プロトタイピングで完璧性より速度を重視する」—これは単なる効率化の話ではなく、開発者としての価値観と生き方の転換なのだ。

吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

「知の循環を拓き、自律的な価値創造を駆動する」をミッションに、組織コミュニケーションの構造的変革に取り組んでいます。AI技術と社会ネットワーク分析を活用し、組織内の暗黙知を解放して深い対話を生み出すことで、創造的価値が持続的に生まれる組織の実現を目指しています。

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