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ChatGPT時代の人材投資の戦略:AIが代替するジュニア業務と高まるシニア人材の価値

企業と個人のための実践的なAI共存のキャリア戦略と組織の再設計ガイド

2025-03-26
11分
ChatGPT
Claude
生成AI
AI協働開発
人材育成
キャリア戦略
ビジネス戦略
吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

ChatGPT時代の人材投資の戦略:AIが代替するジュニア業務と高まるシニア人材の価値

AI と向き合った 1 ヶ月で見えてきたこと

約 1 ヶ月間、AI と毎日協働する中で強く感じるようになった問題意識がある。それは「AI が完全にジュニアレベルの業務を代替できる時代において、企業の人材投資戦略はどう変わるべきか」というものだ。

この 1 ヶ月間で私は Claude に数十万円を使った。経営者視点で言うと、こんな優秀な人材がこの金額で雇えることはまずない。だからこそ、人を雇うことと比較すれば絶対に払うべき金額だと割り切って支払っている。

AI の能力を目の当たりにして、私が強く実感したのは、ジュニアレベルの人材の経済的価値が急速に低下しているという現実だ。これは単に技術的な問題ではなく、企業経営と人材育成の根本に関わる大きな変化である。

AI 時代の人材価値の再定義

ジュニアと問題の距離

AI が最初に置き換えるのはジュニアレベルの業務だ。なぜなら、ジュニアは「問題から一番遠い」位置にいるからである。

ビジネスの核心は常に「人間の問題を解決する」ことにある。シニアは顧客と直接対話し、現場の課題を理解し、それを要件として整理する。一方、ジュニアは「営業がとってきた課題をシニアの人が定義した整理された要件で、与えられたタスクとして着々とこなしていく作業」を担当するのだ。

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AI の最大の長所は「定義された作業を効率的に実行する」能力だ。人間よりも安価で不満を言わない。昇進交渉をせず、人間関係のトラブルも起こさない。さらに犯罪を行わず、24 時間稼働でき、これを 100 人分の稼働量にスケールすることも容易だ。そして、知識は一般の人間では全く敵わないレベルを持っている。

シニアにとってのラッキーな世代

私たち社会人経験がある程度豊富な人間は、このタイミングがかなりラッキーだ。シニアとして活動していれば、ジュニアに仕事を任せる練習は済んでいるので、これが AI に置き換わっても自分たちの仕事は変わらずに継続できる。価値の出し方もわかっているのだ。

幸いにも時間をたくさんかけて、たくさんの失敗をさせてもらっているからこそ、AI にもその失敗をしないようにレールを敷いてあげることができる。そのため、AI との役割分担は意外とうまくいく。

AI は動作するコードを書くことができても、仕様を決めることはできない。仕様はビジネスの課題から来るものであり、ここには人間が介在する価値が高いのだ。問題発生の根源が人間である以上、そこには常に人間が必要だ。その問題にどれだけ近いかが価値となる。このように考えると、ジュニアは問題から一番遠い位置にいるのである。

AI を使いこなすとは自分も成長すること

私は AI との協働を通じて、「AI を使いこなす」とは何かも強く考えさせられた。AI の能力が向上したから喜んでいる人は、自身の能力も AI によって向上しているかを確かめた方が良い。「AI を使いこなす」とは、AI の能力を最大限引き出すために、自分自身の能力も AI を活用して最大限まで高めることに他ならないのだ。

私の体験では、AI に任せておけば寝ていても大丈夫なんてことはない。むしろ、AI の力を引き出すために最近は頭がフル回転しており、自分の能力の低さと成長可能性を日々感じている。AI を働かせているつもりだったのに、AI に働かされるという皮肉はあるが、自分の成長も感じているので AI には感謝しているのだ。

AI が高度なコンピュータサイエンスやシステムエンジニアリングの知識を持っていても、使う人のレベルが低ければ Hello world の出力でとどまってしまう。レベルと質の高い質問をすればそれに応じた回答ももらえるが、逆も然りだ。つまり人間側の能力が結局 AI の能力にも大きく依存するということなのだ。

AI がもたらす仕事の変化

AI は既存産業の補完からスタートする

AI を活用した人材戦略を考える上で重要なのは、AI が最初に置き換えるのは既存の仕事の一部だということだ。私の AI との協働経験から言えるのは、AI はこれまでの「ジュニアに任せていた業務」との親和性が非常に高いということなのだ。

先述した 100 人以上、多ければ 100 万人に使われるようなサービスはこれからもしっかりとコストをかけて人間の目を入れていけば良い。なぜなら開発コストが見合うからだ。みんなで分けて支払えばそれぐらい支払える。規模の経済というものであり、マンションなども大きければ共同スペースがあったり、大きなエントランスがあったりと、一人当たりの支払う金額が少なくてもそういった恩恵を受けられる。

実装コスト激減の可能性

それが Vibe Coding(AI 協働での雰囲気によるコーディングスタイル)では確かに保守性などの観点をみると低いかもしれないが、実装コストが急激に下がるが故に適用できる仕事の幅が一気に広がる。8 時間かかっていた手作業も場合によっては 30 分で AI で実装できるため、1 時間以内には作業が完了するかもしれない。実際にデータの前処理などで私はこのような恩恵を何度も受けた。

実装に時間がかからないということは適用できる範囲が圧倒的に広がるのだ。目の前の数人のための自動化もコスト的には見合うかもしれない。なんなら自分のためだけのコードを書いても良いくらいなのだ。

AI 時代の戦略再構築

企業の人材投資戦略をどう変えるべきか

この状況において、企業はどのような人材投資戦略を取るべきだろうか。私は以下のように考えている:

  1. 問題の近さで人材を評価する:顧客の問題や事業の課題に近い位置で価値を生み出せる人材への投資を優先する。

  2. AI との協働スキルを重視する:単なる業務遂行能力ではなく、AI と効果的に協働できる能力を持つ人材を評価する。

  3. 若手育成モデルの再設計:従来の OJT モデルではなく、AI との協働を前提とした新しい育成アプローチを構築する。

  4. 中長期的な視点の維持:短期的な効率性だけでなく、組織文化や暗黙知の継承も考慮した人材戦略を持つ。

特に重要なのは、AI が置き換えるのは「作業」であって「問題解決能力」ではないという点だ。企業が本当に必要とするのは、事業の本質的な課題を理解し、それを AI も含めた様々なリソースを活用して解決できる人材なのだ。

ジュニア人材の危機とキャリア戦略

AI が完全にジュニアを超えるパフォーマンスで稼働している今、ジュニアレベルの人を雇用するメリットを探す方が難しくなっている。これから未経験でも雇用してもらいたいならば、未経験でも雇用してもらうためには、AI に置き換えられる側ではなく、AI と協働していく能力が必要だ

不可欠という断定的な表現はあまり好まないのだが、今回に関しては危機感も強く持ってもらいたいので、不可欠と断言したい。従来のように企業に育ててもらう姿勢ではおそらく AI で良いと判断されてしまうので、AI と協働して価値を出せることの練習を未経験でもしておかないといけない。

キャリア構築の本質と持続的成長

AI 時代の人材育成:キカガクの視点から

別にこれは AI との協働の話だけではない。本質的にはどの仕事も同じである。どこかのスクールに通って週 1 回数時間学んだだけでは一流になれることはない。そんな付け焼き刃の能力で転職ができるほど甘い世界ではないのだ

たしかにこれまでは AI などデータサイエンス領域は人手不足で注目度が高かったからこそ、ちょっと能力を付ければ今より高い給料で転職できていたイメージがあるかもしれない。しかしもともとそうではなかった。転職支援をしているとやはりデータサイエンスを学んでも転職できる人とできない人には傾向があった。それはもともと持っている強み・領域(こっちが主)にデータサイエンス(こっちが副)をプラスする人はその主の領域への転職がうまくいく。大きく方向転換をするわけではない。

ただ、勘違いがよく起こるのが全く新しい領域にデータサイエンティストとして転職できると思っている人はやはり厳しい。こういう人は主となる強みを持っていないことがある。だからこそ、主となる強みとしてデータサイエンスなどの力をつけたいとも思うだろう。しかし私も京都大学で大学院生活を 2 年間送った経験から言わせてもらいたい。そんなに甘い世界ではない。大学院に入るまでも 10 年以上学び続け、そして激戦区の京大の受験を潜り抜けて希望する研究室に入り、そこからの 2 年間は地獄の生活であった。バイトも全くできず 24 時間研究のことを考え続ける日々。そんな遠回りをしながらもずっと思考し、世界を目指すレベルの教授や学生と議論し続ける日々を終えて、そこから社会人人生がさらに 10 年。

私が創業した会社のキカガクでもそういった話はずっとしてきた。個人向けのスクールが転職支援で SES に流して稼ぐモデルを見て悲しくなっていたので、最初から前提を伝えるようにしてきた。もちろんそれでも人は見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かないから問題は 0 とはならないが、可能な限り良心的な運営に徹してきたつもりである。

3000 時間の法則:本質的な学びの重要性

私はこの能力開発には「3000 時間」あれば良いと思っている。1 日 10 時間、月 25 日取り組めば 250 時間。これを 12 ヶ月続ければ 3000 時間になる。よく研究者界隈では「3000 時間取り組めばその問題の一流になれる」と聞いたことがある。この情報の確証はないが、確かに 1 年間没頭すれば、同じことを取り組んでいる人の中では一流に近づくはずだ。

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この 3000 時間の取り組みは容易ではない。最初の 1 ヶ月では成長曲線的にうまくいっているように感じるかもしれない(知識が少ないのに自信だけが高まるダニングクルーガー効果が有名だろう)。しかしそれ以降の停滞感は並外れて大きい。根気強く取り組み続けるからこそ、一流に近づくのだ。大半の時間において苦痛に満ち溢れているはずだ。このような困難があっても続けられるかが分かれ目となる。

プロとして働きたいなら少なくとも 1 年は短期的な成果など求めずにまずは自身が修行すべきだと考えを改めるところからである。3000 時間同じことに没頭できたならば、それはあなたの強い味方になるはずだ。3000 時間没頭できなければ、無理はしない方が良い。道は他にもある。

個人のキャリア戦略:AI と共に成長する

AI という最高の先生であり、最高の相棒を使って壁打ちをしながらいろんなプロトタイプを作れば、そういった知見はどんどん溜まるわけだ。本質的にやるべきことをやるか、就活などの小手先のテクニックに走り、時代から離れた行動をとってしまうかのさである。

まとめ:変化を恐れず、向き合う

私の AI との 1 ヶ月の協働から強く感じたのは、AI の進化は止められないということだ。そして、この変化は特にジュニアレベルの業務から大きな影響を及ぼしている。

企業にとって、若手育成の経済合理性を再考し、問題解決能力と AI 協働スキルを軸とした新しい人材戦略が必要だ。個人においては、AI に置き換えられる側ではなく、AI と共に成長する側に立つための投資と覚悟が求められる。

私は教育者として、この変化を前向きに捉えている。確かに従来型のジュニア育成モデルは崩壊するかもしれないが、AI との協働を通じてより高い次元での価値創造が可能になるはずだ。重要なのは変化を恐れず、向き合うことなのだ。

AI との協働は、私たち人間の可能性を広げるものでもある。この新しい時代の人材育成や自己成長について、皆さんと共に考えていきたい。

吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

「知の循環を拓き、自律的な価値創造を駆動する」をミッションに、組織コミュニケーションの構造的変革に取り組んでいます。AI技術と社会ネットワーク分析を活用し、組織内の暗黙知を解放して深い対話を生み出すことで、創造的価値が持続的に生まれる組織の実現を目指しています。

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