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真の和談を求めて:知の循環を拓き、自律的な価値創造を駆動する

表面的なコミュニケーション改善を超え、組織の構造的変革による実践的知恵の創発

2025-04-23
18分
組織変革
知識創造
フロネシス
知の循環
心理的安全性
システム思考
吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

真の和談を求めて:知の循環を拓き、自律的な価値創造を駆動する

「和やかなコミュニケーション」の本質を問い直す

和談の経営理念「知の循環を拓き、自律的な価値創造を駆動する」には、私たちが目指す本質が凝縮されている。

「和談」という社名を聞くと、多くの方は「コミュニケーション術を教える会社」と解釈するだろう。確かにこの名には「和やかなコミュニケーション(談)」を実現したいという願いが込められている。しかし、私たちが追求する真の和談とは、表面的なコミュニケーションの円滑さではなく、心理的安全性に基づいた建設的対立も含む、深い対話の場から生まれる価値創造プロセスを意味する。対話はコミュニケーションの一形態だが、単なる情報交換を超えた、知識創造と知の循環を促す双方向的な関わり合いこそが、私たちの最も大きな関心なのだ。

私はキカガクという AI 教育系のベンチャー企業を創業して組織を作り上げる中で、対話の構造的な課題に直面した。技術教育の専門性を高めようとすればするほど、部門間の分断が生じ、本来共有されるべき知識や洞察が組織内に埋もれてしまう現象が顕著になったのだ。専門性の深化と部門間連携の両立という課題は、単にコミュニケーションの頻度や方法を変えるだけでは解決できない。この経験から、対話の質が組織の知的生産性と創造性を左右する本質的な要因であると確信するに至った。

この記事では、表面的な「コミュニケーション改善」という視点を超え、知識創造の本質から対話を再定義し、組織の構造的課題に挑む「和談」の理念を伝える。世間一般の「和やかなコミュニケーション」への理解と、私たちが目指す「真の和談」とのギャップを埋めることが、この記事の目的である。

現代組織のコミュニケーション課題と構造的視点

今日の組織では、驚くほど多くの知識や発想が「死蔵」されている。これは単なる「コミュニケーション不足」ではなく、より本質的な「知識の循環障害」だ。この現象は、主に 3 つの構造的要因に起因している。

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認知構造の課題

組織に属する私たちはそれぞれ、世界を理解するための独自の「メンタルモデル」を持っている。このメンタルモデルの違いが、同じ言葉でも異なる解釈を生み、対話を空転させる原因となる。例えば「イノベーション」という言葉 1 つとっても、エンジニアには「技術的革新」、マーケターには「市場創造」、経営者には「ビジネスモデル変革」と、異なる意味を持つことがある。

また、「根本的な帰属の誤り」のような認知バイアスは、問題の本質を見誤らせ、人間関係に亀裂を生じさせる。例えば同僚の失敗を目にしたとき、その状況的要因(時間的制約、情報不足など)ではなく、個人的要因(能力不足、怠慢など)に原因を求めがちだ。このようなバイアスは、建設的な対話ではなく批判や非難の応酬を引き起こす。

重要なのは、これらの認知構造の違いそのものが問題なのではなく、その違いを認識し活用できていないことが問題だという点だ。多様なメンタルモデルの存在は、むしろ組織の強みとなりうる。しかし、その違いが認識されず、共有メンタルモデルが形成されないことで、対話は深まらず、知識の統合や創造が阻害される。

権力構造の課題

組織内の権力構造は、コミュニケーションの流れに大きな影響を与える。ヒエラルキーが強い組織では、「悪い報告が上がらない」現象が生じ、現実認識にズレが生まれる。また情報の非対称性は、「知っている者」と「知らない者」の間に見えない壁を作り、本質的な対話を阻害する。

心理的安全性が低い環境では、建設的な意見対立すら避けられ、表面的な同意だけが横行するようになる。特に日本の組織では本音と建前の文化が、時に本質的な対話を妨げる要因となる。これは「対話の質」を根本から損なう問題だ。エドモンドソンの研究によれば、心理的安全性の高いチームほど学習行動が活発で、結果としてパフォーマンスも高いことが示されている1

このような権力構造の影響は、個人のコミュニケーションスキルとは無関係に対話の質を低下させる。いくら洗練された話し方や聴き方を身につけても、組織の権力構造が心理的安全性を損なっていれば、本質的な対話は生まれない。

システム構造の課題

現代の組織は、専門性や効率性を高めるために部門別の構造を取ることが多い。しかし、この構造が組織サイロと呼ばれる部門間の断絶を生み出す。サイロ化した組織では、部門内では情報共有が活発でも、部門間では知識や情報が流れにくくなる。結果として、組織全体としての知的創造性や問題解決能力が低下する。

さらに危険なのは、コミュニケーションの問題が自己強化型ループによって悪化していくことだ。例えば、初期の小さな誤解から始まる不信感が、情報共有の減少を招き、それがさらなる誤解と不信を生むという悪循環が形成される。

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これらのシステム構造上の問題は、個人の意図や能力とは無関係に発生する。つまり、「コミュニケーションが下手だから」という個人の問題ではなく、システム全体が生み出す現象なのだ。

表面上の対策による限界

これまで見てきた 3 つの構造的要因を考えると、従来の「コミュニケーション研修」や「対話の場づくり」だけでは、組織内の知識の循環障害を解決できない理由が明らかになる。表面的な対策は、深層の構造に変化をもたらさないからだ

教育機関や SES などの人材派遣企業でよく見られる対策の失敗事例がある。AI 教育を短期的かつ表面的に行おうとすると、受講生は「ダニングクルーガー効果」によって自分の能力を過大評価し、一時的な満足感を得る。しかし実務に出た時、その表面的な理解では問題解決できないことに直面する。この課題は、対話というコミュニケーションの小手先の改善だけでは解決できない。

真の「和談」とは、コミュニケーションの技術向上ではなく、知識の循環を阻害する構造そのものへの介入にある。

和談が目指す世界:知識循環から知の循環へ

これまでの分析を踏まえ、私たちが「和談」を通じて実現したい世界像を描こう。それは、単なる表面的なコミュニケーションではなく、組織内で知識が自由に循環し、そこから創発的な価値が自律的に生まれ続ける状態だ。この理想状態を実現するための理論的枠組みを見ていこう。

知識創造理論と SECI モデル

より本質的な視点から対話を捉え直すために、野中郁次郎・竹内弘高による知識創造理論2は有益な枠組みを提供する。この理論では、知識を捉える認識論的次元(暗黙知 ⇔ 形式知の質的変換)と、知識が広がっていく存在論的次元(個人 → グループ → 組織 → 組織間)の拡大範囲という 2 つの軸で捉えることが重要である。

SECI モデルは、知識の質的変換を扱う次の 4 つのプロセスが循環することで組織的な知識創造を実現する。

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  1. 共同化(Socialization:暗黙知 → 暗黙知|個人 → 個人)
    • 個人から個人へ、暗黙知が暗黙知のまま共有されるプロセス
    • 例)職人の技を見て学ぶ徒弟制度、チームでのハンズオン共同作業
  2. 表出化(Externalization:暗黙知 → 形式知|個人 → 集団)
    • 暗黙知を言語や図式に落とし込み、他者が参照可能な形式知に変換するプロセス
    • 例)熟練者のノウハウをマニュアル化、メタファーやモデル化によるアイデア可視化
  3. 連結化(Combination:形式知 → 形式知|集団 → 組織)
    • 既存の文書やデータを整理・統合し、新たな体系知を構築するプロセス
    • 例)複数部門の報告書を統合して全社戦略資料を作成、市場データと技術情報を組み合わせた仕様書作成
  4. 内面化(Internalization:形式知 → 暗黙知|組織 → 個人)
    • 文書化された知識を実践を通じて体得し、個人の暗黙知として再内在化するプロセス
    • 例)マニュアルに則った業務手順を実地で習得、理論モデルを実践で適用して直感的理解を深化

「和談」では、最初のサービスとして表出化連結化のプロセスを重点的に支援することから始める。なぜなら、価値ある経験やインサイトを持つ組織のリーダーほど忙しく、自らの暗黙知を形式知化する時間が不足しているからだ。経営者や事業責任者は日々の意思決定に追われ、自身の経験から得た深い洞察を他者と共有可能な形に変換する余裕がない。この貴重な知識が形式知化されないまま埋もれてしまう状況は、組織にとって大きな損失である。しかし、将来的には SECI モデルの 4 つのプロセス全てをカバーする包括的なサービスへと発展させていく。

情報量とデータ量:真の価値創造の条件

近年の AI 技術の発展により、文章の自動生成が容易になってきた。しかし、すでにある情報を単に「焼き増し」して量産することにどれほどの価値があるだろうか。情報量を増やさずにデータ量だけを増やすことは、むしろ社会的には有害である。なぜなら、質の低い情報が溢れることで、真に価値ある情報が埋もれてしまうからだ。

ここで情報理論的な区別が重要になる。「データ量」とは物理的な情報の量(ビット数や文字数)を指すのに対し、「情報量」とは内容の新規性や有用性、意味の豊かさを意味する。例えば、同じ内容の文章を 1000 回コピーすればデータ量は 1000 倍になるが、情報量は変わらない。

人間が介在する価値は、まさに「何を書くか」という情報量を増やす判断にこそある。組織リーダーの貴重な経験や洞察は、単なるデータではなく、豊かな情報量を持つ知恵なのだ。

知識から「知」へ:DIKIW モデルと実践知の重要性

SECI モデルは主に「知識」の創造と変換に焦点を当てているが、組織が真に必要とするのは、データ、情報、知識、知性、知恵を含む DIKIW モデルで表される幅広い「」の循環だ3。特に、アリストテレスが提唱した「フロネシス(実践的知恵)」という概念は、単なる知識や技術を超えた、特定の状況で「何をすべきか」を判断する実践的な知恵を指す。

このような高次の「知」の循環こそが、組織が複雑な問題に対処し、真の価値を創造するために不可欠だ。フロネシスは、私たちの「和談」が目指す価値創造の本質に深く関わっている。

DIKIW モデルにおける知の階層

データ
(Data)

生の事実や観測結果

意味づけされていない事実や数値の集合

情報
(Information)

文脈化されたデータ

データが整理され、関連づけられ、意味を持った状態

知識
(Knowledge)

パターン化された情報

情報が体系化され、応用可能になった状態

知性
(Intelligence)

知識の適切な活用能力

状況に応じて適切な知識を選択し、応用する能力

知恵
(Wisdom)

倫理的判断を含む実践的知恵

何が「正しいか」「善いか」の判断を含む総合的な実践能力(フロネシス)

経験と思考プロセスの関係 y=p(x)y = p(x) モデル

私たちの実践において重要なのは、経験 xx と思考プロセス pp と結果 yy の関係性についての深い理解だ。多くの場合、経験 xx は単に結果 yy を補強する証拠として後付け的に使われがちだが、これでは表面的な説得力しか生まれない。真に価値あるアプローチは、経験 xx と結果 yy を思考プロセス pp を形作る材料として活用し、そこから新たな洞察 yy' を導き出す関数的な関係として捉えることだ。

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この y=p(x)y = p(x) モデルは、まさにフロネシスの考え方(経験 xx に基づき、熟慮 pp を経て、実践的な判断 yy を下す)を反映している。前述したメンタルモデルが、ここでの思考プロセス pp を形作る基盤であり、私たちが世界をどう解釈し、どのような価値観で判断を下すかを規定するものだ。思考プロセスはメンタルモデルに基づく動的な情報処理の流れであり、両者は相互に影響し合う関係にある。

バイナリー思考から潜在変数思考へ

対話の質を理解する上で重要なのは、「良い対話/悪い対話」という二項対立的な見方(バイナリー思考)から脱却し、連続的な「潜在変数」として捉える視点だ。コミュニケーションの質は、様々な要因が複雑に絡み合って決まる連続的な変数であり、それを観測・推定し、適切に介入することが重要だ。

現代の組織では、コミュニケーションの問題が表面化した時点では、既に「良い/悪い」の二項対立状態になっていることが多い。しかし、その背後には連続的に変化してきた潜在変数があり、早期に適切な介入を行えば二項対立に至る前に改善できる可能性がある。

この潜在変数思考は、単に「もっと対話の場を増やそう」という量的アプローチではなく、対話を支える構造そのものを変革する質的アプローチへと私たちを導く。

リアクティブからプロアクティブへの転換

現代の多くの組織では、コミュニケーションの問題が表面化してから対処するリアクティブ(受動型)なアプローチが一般的だ。しかし、私たちが目指すのは、問題が顕在化する前に構造的な介入を行うプロアクティブ(能動型)なアプローチだ。

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ただし、人間には認知的・心理的なコスト上の限界がある。プロアクティブな行動は望ましいものの、全ての状況で実現するのは困難だ。ここで注目すべきは、技術的進歩、特に最新の AI 技術による「認知的限界の打破」の可能性だ。AI が不確実性の高い情報や価値の高い情報を能動的に収集・分析し、人間の意思決定を支援することで、組織全体のプロアクティブ能力を高めることができる。

集合知と創発的価値創造へ

理想的な知の循環が実現すると、組織内の多様な知識、知性、知恵が結びつき、集合知が形成される。そして、その集合知を基盤として、予測不能な「創発」が起こり、自律的な価値創造へとつながる。

創発とは、個々の要素からは予測できないような、全体としての新たな秩序や特性が生まれる現象だ。組織の文脈では、多様なメンバーの相互作用から、誰も予想していなかったようなアイデアやソリューション、事業機会などが自発的に生まれる状態を指す。

この創発的な価値創造を実現するためには、SECI モデルによる知識創造のサイクルが十分に機能し、3 つの構造的要因(認知・権力・システム)への適切な介入が行われることが不可欠だ。そして、この創発を支援するために、和談は包括的なサービス群を段階的に展開していく。

「和談」への招待:次世代の知の循環への旅

真の「和談」:知の循環を拓く構造的アプローチ

職場の人間関係が良かったとしても、うまく結果が出せない中で和やかなコミュニケーションを実現することは難しいだろう。組織に貢献でき、自身でもその成果を認められるような環境が整うからこそ、和やかなコミュニケーションが実現するのではないだろうか。

「和談」という言葉を聞いたとき、談笑のような会話を思い浮かべるのは自然なことだ。しかし、私たちが考える真の「和談」とは、表面的な和やかさを超えて、心理的安全性に支えられた建設的対立も含む、知識、知性、知恵を含む多次元的な「知」が、組織の構造的障壁を超えて自由に循環する状態を指す。そして、その循環から自律的かつ創発的な価値創造が持続的に生まれる組織の実現を目指している。

このビジョンは、小手先のコミュニケーション術では到達できない。なぜなら、対話の質を決めるのは個人のスキルよりも、組織の認知構造、権力構造、システム構造だからだ。真の変革は、これらの構造に同時に介入することでのみ実現できる

あなたの組織の「知の循環」状態を考える

読者の皆さんには、自身の組織における「知の循環」の状態を振り返ってみてほしい。SECI モデルに沿って、次のような質問を自問することで、現状を診断できるだろう。

  • 共同化:メンバー間で暗黙知が共有される機会や環境はあるか。異なる専門性や経験を持つメンバー同士の交流は活発か。
  • 表出化:メンバーの潜在的な思考や暗黙知が言語化され、形式知として表現される機会や仕組みはあるか。建設的な対立を通じてアイデアが洗練される文化はあるか。
  • 連結化:表出化された知識が組織内で体系化され、広く共有・活用される仕組みはあるか。部門間の知識共有の障壁はないか。
  • 内面化:形式化された知識を実践を通じて学び、新たな暗黙知として体得する機会や仕組みはあるか。失敗からの学習を奨励する文化はあるか。

これらの問いに対する答えが否定的であれば、組織内の知の循環に構造的な障害があると考えられる。しかし、それは決して特異な状況ではない。多くの組織が同様の課題に直面している。重要なのは、構造的な問題には、構造的な解決策があるということだ。

新たな組織コミュニケーションの世界へ

AI の急速な発展により、組織内でのコミュニケーションや知識創造の在り方は、今後数年でさらに大きく変化するだろう。そのような時代においても、変わらないのは「人間同士の深い対話」と「知の循環」の重要性だ。テクノロジーはそれを支援するものであって、置き換えるものではない

もし、あなたの組織が「知の循環」と「自律的な価値創造」を実現したいと考えるなら、ぜひ私たちと一緒に、新たな組織コミュニケーションの世界を探求していただきたい。それは表面的な「和やかさ」ではなく、建設的対立も含めた深い相互理解と創造性の共存する世界、真の「和談」の世界である。

参考文献

Footnotes

  1. Edmondson, A. C. (2019). "The Role of Psychological Safety in Predicting Performance", Harvard Business Review

  2. 野中郁次郎, 竹内弘高 (1996). 『知識創造企業』, 東洋経済新報社

  3. Rowley, J. (2007). "The wisdom hierarchy: representations of the DIKW hierarchy", Journal of Information Science, 33(2), 163-180

吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

「知の循環を拓き、自律的な価値創造を駆動する」をミッションに、組織コミュニケーションの構造的変革に取り組んでいます。AI技術と社会ネットワーク分析を活用し、組織内の暗黙知を解放して深い対話を生み出すことで、創造的価値が持続的に生まれる組織の実現を目指しています。

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