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地方教育格差を埋めるロールモデル提供戦略:子どもたちの可能性を広げる持続可能なアプローチ

アントレプレナーシップ推進大使として見た地方の子どもたちの現実と、テクノロジーと地域資源を活用した長期的解決策

2025-04-18
15分
教育
地方創生
アントレプレナーシップ教育
教育格差
ロールモデル
EdTech
吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

地方教育格差を埋めるロールモデル提供戦略:子どもたちの可能性を広げる持続可能なアプローチ

灯台下暗し - 地方の学校で見えた「ロールモデル不在」という現実

文部科学省のアントレプレナーシップ推進大使として小中学校を回って講演する機会が数多くあった。関西出身ということもあり、関西の学校を基本的には回っている。子供たちの未来に貢献したいという思いから、東京から片道 3 時間以上かけて遠方の学校へも積極的に足を運んでいる。たった 1 時間弱の講演でも、子どもたちの目に直接映る熱量や起業家としての実体験を伝えることで、計り知れない影響を与えられると実感している。この「対面での熱量伝播」はオンラインでは決して代替できない価値がある。

その活動を通じて見えてきたのは、地方の学校が共通して抱える深刻な課題だった。事前の打ち合わせでは、ほぼすべての学校から同じ悩みが語られる。「ロールモデルの不在」という問題だ。地方に住む子どもたちの多くは、親や周囲の大人が会社員や公務員として働いているケースがほとんどで、それ以外のキャリアパスを具体的にイメージすることが難しい状況にある。教員たちは切実な表情でこう語る。「子どもたちが描けるキャリアが、身近な大人のそれ以上になれないのです」

講演前後に教員や校長と 1 時間近く対話する中で、この問題の根深さを痛感した。表面的には「仕事は楽しいという話をしてほしい」という依頼に見えるが、実際には地域社会全体の構造的課題が背景にある。子どもたちは「なれる大人」のイメージを、目に見える範囲の大人たちから得るしかない。これはまさに「灯台下暗し」の状況だ。身近にあるはずの多様な可能性が見えていないのである。

私自身、同級生がわずか 17 人という小規模な小学校で育った経験がある。京都の田舎出身者として、この「視野の限界」を身をもって知っている。私の人生の転機となったのは、高専時代に先輩起業家の講演を聴いたことだった。それまで起業という選択肢は私の世界には存在しなかった。しかし、同じような環境から起業家として成功した先輩の話を聞いて、初めて「自分にもできるかもしれない」と思えた。この瞬間、可能性の認識が「0%から 1%」に変わったのだ。だからこそ、いまこのアントレプレナーシップ推進大使という役割に使命を感じている。

私のキャリア視野の拡大プロセス

小学生時代

限られた選択肢の中で

同級生 17 人の小規模校。周囲の大人は会社員や公務員が主体で、キャリアの選択肢が限定的

高専時代

可能性 0%から 1%へ

先輩起業家の講演を聴き、初めて「自分にも起業という選択肢があるかも」と認識

京大時代

可能性の広がり

起業家育成コースへの参加により、具体的なキャリアパスとして起業を認識

2017 年

起業家への道

キカガク創業。教育を通じて人の可能性を広げるミッションのスタート

現在

次世代への橋渡し

アントレプレナーシップ推進大使として、地方の子どもたちに自分が受けた「可能性の気づき」を提供する立場に

私の講演を聴いた子どもたちの反応を見ていると、同じような変化が起きているのを感じる。彼らにとって、同じ地方出身の人間が起業家としてやっていけるという事実そのものが新鮮な発見だ。目の前で語る生の声が「自分にもできるかもしれない」という可能性の扉を開くきっかけになっている。子供が生まれるギリギリまで講演を続けたのも、この手応えがあったからだ。

一方で、より多くの子どもたちに可能性を届けるという観点からは、現在の活動にはさらなる発展の余地がある。「教育のスケーリング」は私が起業家として常に向き合ってきたテーマだ。個人の熱量に依存したモデルでは、物理的にも時間的にも、そして持続可能性の観点からも広がりに制約がある。

子どもたちに「可能性」をより広く、より深く届けるために、個人の熱量を活かしながらも、それを増幅させる仕組みを構築する必要がある。これは単なる「講演会の改善」という話ではなく、地方の教育格差を根本から変えていくための戦略的アプローチの問題だ。

根本原因の解明:なぜ地方のロールモデル問題は解決困難なのか

地方におけるロールモデル不足は偶発的な現象ではなく、複数の構造的要因が絡み合った結果として生じている。その根本原因を理解しなければ、持続可能な解決策を見出すことはできない。

地域経済構造と人材流出の悪循環

地方経済は特定の既存産業や公的機関への依存度が高く、新規事業が生まれにくい構造を持つ。日本政策金融公庫の調査によれば、若年層(18 ~ 29 歳)の起業関心度は全国的に長期的な低下傾向にあり、2021 年には過去最低水準を記録している1。特に地方においては、この傾向がさらに顕著だ。

もう 1 つの大きな要因は人材流出だ。地方で育った意欲ある若者が進学や就職を機に都市部へ流出し、そのまま定着するケースが非常に多い。彼らが起業家精神を持っていても、事業機会やネットワーク、資金調達の面で有利な都市部で起業するため、地域内に留まって活躍する若手起業家が少ない。その結果、地域内に次世代の子どもたちにとっての「親近感のある距離の大人」となるロールモデルが失われていく。

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教育現場の限界

学校訪問の際に痛感したのは、教育現場におけるアントレプレナーシップ教育に関する理解の不足だ。事前打ち合わせでは「なんか仕事は楽しいよ、的な話をして欲しい」という解像度で依頼が来ることが多かった。これは教員自身がアントレプレナーシップの本質(単なる会社設立ではなく、より広範なマインドセットとスキルセット)を理解していないことを示している。

子どもたちが通常の授業を通じて起業家精神を育む機会も限られている。カリキュラムや教材が整備されていないため、外部講師への依存度が高く、一過性のイベントになりがちだ。そして何より、教員自身が多様なキャリアパスの実例や起業家精神の価値を十分に理解していなければ、日常的な教育活動の中でそれを伝えることは難しい

持続可能性の壁

私自身の経験からも明らかなのは、現在の「著名人が地方学校を訪問する」形式の根本的な持続可能性の問題だ。東京から片道 3 時間以上かけて学校を訪れ、45 分の講演をするというのは、時間対効果の観点からも長期的に維持するのは困難だ。

文部科学省のアントレプレナーシップ推進大使は全国で 55 人だが、日本全国の学校数を考えると、物理的に全ての学校をカバーすることは不可能である。しかも、この活動は規定額の謝金はあれど、経営者として本来いただく講演料とは全く桁が異なり、実質ボランティアに近い活動である。そのため、経済的な持続可能性にも大きな課題がある。

講演が子どもたちに与える影響についても考える必要がある。1 回の講演で「0% から 1%」の可能性の認識変化が起きたとしても、それを「1%から 10%」へ、さらには具体的な行動に繋げる継続的な支援がなければ、一時的な感動に留まってしまう可能性が高い。

持続可能なロールモデル提供の設計原則

この問題に対する持続可能な解決策を考えるためには、単発の対策ではなく、システム全体を見据えた戦略的アプローチが必要だ。国内外の事例分析から得られた知見と、自身の実践経験に基づき、ロールモデル提供の設計原則を考えてみたい。

国内外の成功事例から学ぶ

海外に目を向けると、地方や社会経済的に不利な状況にある若者を対象に、起業家との接点を提供し、起業家精神を育成する持続可能なプログラムが複数存在する。例えば、米国の「Network for Teaching Entrepreneurship (NFTE)」は低所得地域の若者を対象に、学校のカリキュラムに起業家教育を組み込むプログラムを提供している2

これらの成功事例に共通する要素は次の点だ。

  1. 多様な資金調達源:単一の資金源に依存せず、政府助成金、企業スポンサーシップ、財団助成など、複数の柱を持つことで財政的な安定性を高めている
  2. 地域コミュニティとの統合:地元の企業経営者、商工会議所、大学などをメンターやアドバイザーとして積極的に巻き込み、地域社会全体で若者を育成する体制を構築
  3. インスピレーションと実践の連携:ロールモデルとの出会い(インスピレーション)と、スキル開発、メンタリング、実践機会(ビジネスプラン作成やコンペ等)を統合的に提供
  4. 長期的な関係構築:単発のイベントではなく、継続的な関わりを提供することで、深い影響を与える
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技術と人間のバランス

テクノロジーは地理的・時間的制約を超えるための強力なツールだが、人間同士の直接的な交流がもたらす共感性や熱量の伝播は完全に代替できない。最適な解決策はこの両者のバランスを取ることだ。

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例えば教え合う社会の設計図で論じたように、社会人環境では役割が流動的であり、新入社員でも特定の知識領域では先輩に教える場面が自然に生まれる。こうした多方向的な知識伝達を地方教育にも取り入れることができる。オンラインプラットフォームは多様なロールモデルとの接点を提供し、地域ハブは濃密な対面交流の場を創出し、学校はそれらを日常的な学びに統合する役割を担う。

三層構造による統合的アプローチ

上記の原則に基づき、地方の子どもたちに持続的にロールモデルを提供するための具体的な戦略として、三層構造による統合的アプローチを提案したい。これは、全国レベル、地域レベル、学校レベルの三層で連携し、それぞれの強みを活かす方法だ。

全国プラットフォームと地域ハブの連携モデル

まず、全国レベルのデジタルプラットフォームを構築する。これには次の要素が含まれる。

  • 多様なロールモデルのデジタルライブラリ:様々な背景(地域、産業、成功度合い)を持つロールモデルのインタビュー動画、ケーススタディなどをデータベース化。地方出身者、小規模事業経営者、社会起業家など、子どもたちが共感しやすい多様な事例を収集。
  • オンライン講演会や Q&A セッション:著名なロールモデルがリアルタイムで複数の学校に同時に講演できる仕組み。地理的制約を超えた交流が可能に。
  • 学習リソースとカリキュラム:教員や地域メンターが活用できる教材、授業プラン、ワークショップ設計などのリソース提供。
  • 地域ハブとの連携機能:全国プラットフォームと地域活動をシームレスに繋ぐインターフェース。

次に、地域レベルのハブ機能を整備する。

  • 地域内ロールモデルの発掘と活性化:地域で活躍する多様な職業人、起業家、クリエイターなどを発掘し、データベース化。灯台下暗しとなっている地域内の人材資源を可視化する。
  • 対面メンタリングと実践機会の提供:オンラインで得たインスピレーションを実践に繋げるための場づくり。地域の課題を題材にしたプロジェクト学習、ビジネスアイデアコンテストなど。
  • 継続的な関係構築の場:1 回限りのイベントではなく、定期的な接点を持てる仕組み。放課後プログラムや休日活動など。

教員のエンパワーメントとカリキュラム統合

学校レベルでは、教員のエンパワーメントカリキュラム統合が鍵となる。

  • 教員研修プログラム:アントレプレナーシップ教育の本質理解、ロールモデル活用法、外部リソース活用法などを学ぶ機会の提供。
  • 既存カリキュラムへの統合:総合的な学習の時間や社会科、キャリア教育などの中に、起業家精神育成要素を自然な形で組み込む。
  • 日常的な関わりの設計:外部からの刺激を一過性のイベントで終わらせず、日常的な教育活動の中で継続的に関連付ける工夫。

この三層を有機的に連携させることで、「灯台下暗し」の状態を克服し、地方の子どもたちに多様な可能性を示すことができる。単一の解決策ではなく、デジタルとリアル、全国と地域、イベントと日常の複合的なアプローチが必要なのだ。

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地域内エコシステムの構築

三層構造の中で特に重要なのが、地域内エコシステムの構築だ。地域内に眠る多様な人材資源を掘り起こし、活性化することで、持続可能なロールモデル提供の基盤を作ることができる。

地域ハブには次のような機能が期待される。

  • 多様なロールモデルの発掘:地域内の魅力的な人材を幅広く発掘。経営者だけでなく、職人、クリエイター、研究者、社会活動家など多様な職業や活動を含める。
  • リソースマッチング:学校のニーズと地域人材のリソースをマッチング。適切なロールモデルを適切なタイミングで繋げる。
  • 継続的な関係構築支援:1 回限りの講演ではなく、メンタリングや共同プロジェクトなど、より持続的な関わりを設計・支援。
  • 地域課題と教育の接続:地域が抱える実際の課題と教育活動を結びつけ、子どもたちが地域に貢献する実践的な機会を創出。

これらの機能は、地方自治体、商工会議所、大学、NPO など、地域の様々な主体が連携して担うことが望ましい。起業家のための評価獲得戦略で言及したように、信頼構築には段階的なアプローチが効果的だ。子どもたちとロールモデルの関係構築においても、軽微な接点から徐々に深い関わりへと発展させる設計が重要である。

「0% から 1%」を超えて:地方の子どもたちの可能性を広げる社会へ

ここまで述べてきた三層構造のアプローチは、地方の子どもたちに「可能性の気づき」を持続的に提供するための枠組みだ。しかし最終的な目標は、単なる「気づき」を超えて、実際の行動変容や人生の選択肢拡大に繋げることにある。

短期的介入から長期的システム変革へ

現状の「著名人が学校を訪問する」形式は、短期的な介入として一定の価値がある。しかし本当に必要なのは、一時的な感動を提供することではなく、子どもたちの周囲の環境そのものを変えていくことだ。

三層構造アプローチの真の狙いは、単に外部からロールモデルを「輸入」することではなく、地域社会自体が多様なロールモデルを輩出・維持できる循環を作ることにある。これは長期的視点に立ったシステム変革であり、一朝一夕に実現するものではない。しかし、持続可能な変化を生み出すためには、この方向性が不可欠だ。

一人ひとりができること

システム全体の変革は壮大に思えるが、一人ひとりができることも多くある。

  • 地域で活躍する大人たち:自らの経験や知識を地域の子どもたちに還元する。週末の 1 時間を子どもたちとの対話に投資するだけでも大きな影響を与えられる。
  • 教育関係者:外部リソースを積極的に活用しつつ、日常的な教育活動の中に多様なキャリアパスの視点を取り入れる。子どもたちの「なぜ」「どうして」を大切にする。
  • 行政・支援団体:三層構造のプラットフォームづくりを支援し、持続可能な仕組みとして定着させるための制度・資金的バックアップを提供する。

私自身、地方出身の起業家として、アントレプレナーシップ推進大使の活動を通じて「可能性の橋渡し」を行ってきた。しかしこの活動を持続可能な形で拡大するには、システムとしての再設計が必要だ。一過性の感動ではなく、持続的な変化をもたらす仕組みづくりに取り組むべき時だと感じている。

次世代のために今取り組むべきこと

地方の子どもたちの可能性を広げるための取り組みは、日本の未来を左右する重要な投資だ。人口減少や東京一極集中が進む中、地方の創造性と活力を高めることは、国全体の持続可能性に直結する課題である。

特に注力すべきは次の点だろう。

  1. 全国デジタルプラットフォームの構築:多様なロールモデルへのアクセスを民主化し、地理的制約を超えた接点を提供する基盤整備
  2. 地域ハブネットワークの形成:全国各地に地域内リソースを活性化する拠点を作り、地域特性に合わせた活動を展開
  3. 教員研修と教育システム統合:外部リソースを効果的に活用できる教員の育成と、起業家精神を日常的に育む教育環境の整備

私が感じた「0% から 1%」の可能性の変化は、人生を大きく変える転機となった。地方の子どもたち一人ひとりがそうした機会に恵まれる社会を作るために、持続可能なロールモデル提供の仕組みを共に構築していきたい。

参考文献

Footnotes

  1. 日本政策金融公庫「起業と起業意識に関する調査」2021 年

  2. Network for Teaching Entrepreneurship, Impact Report, 2023

吉崎 亮介

吉崎 亮介

株式会社和談 代表取締役社長 / 株式会社キカガク創業者

「知の循環を拓き、自律的な価値創造を駆動する」をミッションに、組織コミュニケーションの構造的変革に取り組んでいます。AI技術と社会ネットワーク分析を活用し、組織内の暗黙知を解放して深い対話を生み出すことで、創造的価値が持続的に生まれる組織の実現を目指しています。

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