起業家としての経験と投資家としての視点
私は現在、エンジェル投資を複数社に対して行っている。起業家としての過去や現在の経験と、現在の投資家としての視点の両方を持つことで、スタートアップエコシステムの双方向的な理解が可能になった。そして、いま起業家に明確に足りないことはパートナーとなるはずの投資家の目線である。
この記事では、投資家の立場から見た日本のエンジェル投資の実態、そして起業家が知っておくべき「投資を受けるためのリアルな戦略」について話す。特に「評価コスト」の概念と、その克服法については、これから資金調達を目指す起業家に是非理解しておいてほしい。
文部科学省アントレプレナーシップ推進大使として、日本の起業家育成に携わる中で感じるのは、投資の世界には情報格差が大きいという現実だ。VC からの大型調達に関する華々しいニュースは目にするが、その前段階であるエンジェル投資の実態はほとんど語られない。特に「投資家はどのような判断基準で投資先を選ぶのか」という点は、起業家側にとって大きなブラックボックスとなっている。
私自身は投資をライフワークと位置づけており、本業として真剣に行う VC とは視点が異なる。それでも投資家として見える世界があり、その視点を共有することで、スタートアップと投資家の間の情報格差を少しでも埋められればと願う。
エンジェル投資家の「評価コスト」問題
評価コストとは何か
エンジェル投資における最大の課題の 1 つが「評価コスト」の高さだ。「評価コスト」とは、投資家が起業家やそのビジネスの価値を見極めるために費やす時間・労力・資金などのコストを指す。特に創業間もない企業には実績やデータが少ないため、その評価には多大な労力を要する。
このコストは、経済学でいう「情報の非対称性」から生じる。起業家は自社の強みを十分に把握している一方、投資家側には情報が限られているため、不確実性が高い。経済学者マイケル・スペンスのシグナリング理論によれば、このような場面では、情報を多く持つ側(起業家)がシグナル(信頼の証)を発することで、情報の少ない側(投資家)の不安を軽減できるという1。
私の実践として、面談は 30〜60 分で 1 回のみで投資判断を行い、1 回で決められない場合は見送る方針を取っている。さらに、信頼できる知人からの紹介案件以外は面談も断るほど厳格だ。これらの制約は一見非合理的に見えるかもしれないが、評価コストを最小化するための理にかなった戦略なのだ。
なぜ「紹介された案件しか見ない」のか
私がなぜ知人の紹介案件のみを検討するのか、その理由を掘り下げよう。
一般的なエンジェル投資家と同様に、私も本業(起業家・経営者)を持ちながら副業的に投資活動を行っている。つまり、投資案件の調査に割ける時間は極めて限られている。そこで重要になるのが「社会的証明(ソーシャルプルーフ)」の活用だ。信頼できる人物の推薦は、その人が既に一定の「審査」を行ったことを意味し、私自身の評価コストを大幅に削減できる。
この方法には次のような利点がある。
- 時間効率の最大化:紹介者による一次スクリーニングが機能する
- 情報の信頼性向上:紹介者が持つ文脈情報を活用できる
- ミスマッチの減少:紹介者は双方の相性を考慮して紹介する傾向がある
- コミュニケーションの円滑化:共通の知人という接点により初期信頼が形成される
情報経済学では、他者の行動を参考にする行為を「情報カスケード」と呼ぶ。スタートアップ投資のような不確実性の高い場面では、この戦略は必ずしも非合理ではなく、むしろ効率的な判断手法となり得る。
情報非対称性と評価の科学
起業家と投資家の間の情報格差は、経済学でいう「レモンの市場」の問題に近い。優良案件(良いレモン)と問題のある案件(悪いレモン)が混在する中、投資家は限られた情報から判断を下さなければならない。
評価には大きく 2 つのアプローチがある。
- 独自調査型:詳細なデューデリジェンスを行い、自らの分析で判断
- 社会的参照型:他の投資家やメンターの評価を重視し、その判断を参考に決定
プロの VC(ベンチャーキャピタル)は一般に前者のアプローチを取るが、エンジェル投資家の多くは後者を採用することが多い。私の場合も、チケットサイズが 100〜300 万円と比較的小さいため、案件ごとに詳細な調査を行うよりも、信頼できる紹介者の判断を活用する方が効率的だと考えている。
評価コスト削減のための投資家の心理
投資家は評価コストを削減するため、いくつかの心理的ショートカットを用いる傾向がある。
- アンカリング効果:最初に得た情報(例:他の投資家の評価)が判断の基準となる
- 確証バイアス:自分の仮説を支持する情報を優先的に受け入れてしまう
- ハロー効果:1 つの良い特徴から全体を良く評価してしまう傾向
- 親近感バイアス:馴染みのある要素(学歴・経歴など)を過大評価する
これらの心理的傾向を理解することは、起業家にとって投資家の判断プロセスを把握する上で重要だ。例えば、私は京都大学出身という学歴があったため、初期の信頼獲得においてアドバンテージがあったことは否定できない。一方で、学歴だけでは不十分であり、実績や人間性が最終判断を左右する。
日本のエンジェル投資の標準的プロセス
初回面談から出資までの流れ
日本におけるエンジェル投資のプロセスは、一般的に次のようなステップで進む2。
エンジェル投資の標準的プロセス
初回面談
投資家と起業家の対面。通常30分程度で、コンセプトとチームや人間性の確認
追加面談
必要に応じて実施。ビジネスモデルや計画の詳細検討
条件交渉
バリュエーションや出資額、株式比率などの条件調整
タームシート作成
合意した投資条件の文書化
法的デューデリジェンス
会社の法的側面の確認(必要に応じて)
出資契約締結
正式な契約書の締結と資金の払込
初回面談は通常 30 分程度で行われ、投資家は最初の数分で「投資検討する価値があるか」を感じ取るとされる。良い印象を得られれば、その場で予定時間を延長したり、追加の面談が設定されることもある。
エンジェル投資では、VC ほど厳密なデューデリジェンスは行われないことが多いが、それでも創業者の経歴確認や事業計画の検証などの簡易的な調査は行われる。投資家は起業家に対し、決算書や事業計画書などの資料提出を求め、事業の将来性やリスクを評価する。
投資家によって検討フローは異なるが、私の場合はかなりシンプルだ。
- 紹介者からの案件紹介を受ける
- 30〜60 分の面談を 1 回実施
- その場で投資判断を下す(検討継続=実質的な見送り)
この超効率的なプロセスには理由がある。私は投資を「業界の追体験をするための特等席代」として位置づけており、純粋な経済的リターンだけを追求しているわけではないためだ。だからこそ、コミュニケーションが取りにくい人や、一緒に食事をしながらビジネスを語れない相手とは、収益性があっても投資関係を結ばない選択をしている。
投資判断にかかる時間と成約確率の実態
初回面談から契約までの期間は案件により大きく異なるが、数週間〜数ヶ月程度が一般的だ。VC 投資と比較すると、エンジェル投資は投資額が小さい分、比較的短期間で決着することが多い。
投資の成約確率については、実際に投資が成約に至る割合は非常に低いのが現実だ。米国のデータによれば、アイデア段階のスタートアップが資金調達に成功する確率はわずか 1〜2%程度とされている3。日本においても状況は類似しており、「最初の面談 100 件のうち実際に出資に至るのは数件」という例も珍しくない。
この低い成約率の背景には、起業家側の準備不足もあれば、投資家側の慎重な姿勢もある。投資家は多数の案件を見ることで目利き力を養い、限られたポートフォリオ枠を最適に配分しようとする。このため、起業家は多数の投資家と接触し、その中からごく少数と契約に至るのが一般的なプロセスとなる。
契約書類と法的側面
エンジェル投資が成約に至った場合、通常は第三者割当増資による株式発行が行われる。その際に用いられる主な書類は以下のとおりだ。
- 株式引受契約書(募集株式の総数引受契約書):発行会社と投資家間で、新株を引き受け、払込金額を定める契約書
- 株主間契約書(必要に応じて):既存株主と新規株主間で将来の株式取扱いや経営関与について取り決める契約書
- 定款変更・株主総会関連書類:増資に必要な会社法上の手続き書類
日本のエンジェル投資では、通常 VC 投資ほど複雑な契約条件は付されず、比較的シンプルな引受契約書のみで進めるケースが多い。ただし、近年では J-KISS などの新しい投資スキームも普及しつつある(後述)。
また、金融商品取引法(金商法)の観点からも注意が必要だ。一般に、特定少数ではなく不特定多数の投資家から株式を募る場合は「有価証券の募集(公募)」に該当し、原則として有価証券届出書の提出等が必要となる4。日本では「50 名未満の投資家」に対する募集であれば届出等を要しない「少人数私募」の例外が設けられているが、その場合でも不特定多数への勧誘は禁止されている。
このため、起業家がインターネット上で誰でも見られる形で「当社に出資してください」と募集することは、法的に問題があるケースが多い。有望なスタートアップでも、この規制に抵触しないよう、投資家を個別に紹介・限定した形で交渉するのが通例だ。
エンジェル税制と最新制度
「エンジェル税制」は、個人投資家がベンチャー企業に投資した際の税制優遇措置で、1997 年に日本で導入された。2023 年度の税制改正では、この制度が大幅に拡充された5。
日本のエンジェル投資支援制度の変遷
エンジェル税制の導入
株式投資型クラウドファンディング解禁
J-KISS契約雛形の公開
「スタートアップ育成5か年計画」策定
エンジェル税制拡充・日本版QSBS導入
最新の制度では、プレシード・シード特例が新設され、創業間もない企業への出資額を他の株式譲渡益と無制限に相殺できる措置が追加された。また、日本版 QSBS(Qualified Small Business Stock)にあたる制度も創設され、スタートアップ株式を売却した際の譲渡益について最大 20 億円まで非課税とする措置が 2023 年から導入されている6。
これらの税制優遇は、エンジェル投資家のリスクを軽減し、よりスタートアップへの投資を促進する狙いがある。2022 年に「スタートアップ元年」と位置づけられて以降、こうした支援策は拡充傾向にあり、2027 年度までにスタートアップへの年間投資額を 10 兆円規模に引き上げる目標が掲げられている。
起業家はこれらの制度を理解し、投資家に対して「エンジェル税制の適用条件を満たしている」ことをアピールすることで、投資の障壁を下げることができるだろう。
ただし、直近確定申告を行う際にエンジェル投資先にも対応してもらったが、書類手続きが意外と煩雑で役所の対応も時間がかかるため、1 人の少額出資者のために対応するのはコスト的には見合わない可能性もある点に注意されたい。手続きコストも踏まえた上で、出資を検討するコストバランスぐらいは当然持つべきである。
投資家が見ているシグナルと判断基準
チーム構成の評価
スタートアップの成功において、チーム構成は極めて重要な要素だ。特に AI 時代の到来により、この評価基準にも変化が見られる。
ソロ創業者 vs 共同創業チームという観点では、従来は「共同創業者がいた方が良い」という見方が一般的だった。技術・ビジネスなど補完的なスキルセットを持つ創業者同士が協力することで事業推進力が高まると考えられてきたためだ。しかし、最近の研究では異なる見解も示されている。
ウォートン校の研究によれば、ソロ創業のスタートアップはチーム創業よりも軌道に乗るまでに 3.6 倍時間がかかるものの、最終的にはより長く存続し高い収益を上げる傾向も報告されている7。一方、Carta 社の調査では、ソロファウンダーは複数ファウンダーに比べ VC 調達成功率が低いことも示されている。
AI 時代において、このダイナミクスにも変化が現れている。生成 AI の発達により、かつてはチームで分担していた業務の一部を一人でこなせる可能性が出てきた。コード作成、デザイン、マーケティング戦略立案といった作業で AI アシスタントが大きな助けとなる現在、ソロ起業家が AI を"共同創業者代わり"に使うケースも登場している。
私の投資判断においては、ソロかチームかという二項対立よりも、「AI ツールを最大限活用できる体制か」という視点を重視している。ただし、AI は人間同士の議論や多様な発想から生まれるイノベーションを完全に代替できるわけではない点も認識しておくべきだ。
シグナリング理論:学歴・経歴・紹介の果たす役割
経済学のシグナリング理論から見ると、起業家が投資家に発するシグナル(信頼の証)は極めて重要だ。特に情報の非対称性が大きい初期段階では、「高い評価に値する人物である」ことを示す役割を果たす。
代表的なシグナルとして以下が挙げられる。
- 高い学歴・専門知識の証明:権威ある大学での学位や専門資格は、能力の証拠となり評価者に安心感を与える
- 豊富な職歴・実績:有名企業での勤務経験や受賞歴、特許取得などは、能力と信頼性を示す材料になる
- 他者からの推薦・紹介:信頼されている人物や機関からの紹介は、「保証人」として評価者の不安を和らげる
- 初期の成功事例:小規模でも最初の顧客獲得やプロトタイプの成功は、「やればできる」ことの実証となる
- 誠実なコミュニケーション:約束を守る、丁寧に対応するといった日々の姿勢は、「信頼に足る人間性」のシグナルとなる
私自身の経験でも、京大出身という学歴が初期の信頼獲得において役立った面がある。同時に、過去の起業経験において、顧客獲得の工夫(「投げ銭方式」など)を通じて事業を軌道に乗せた経験も、投資家に対する有力なシグナルとなった。
シグナルは単独ではなく、複合的に機能することで説得力を増す。例えば、良い学歴と実績があっても、コミュニケーションに問題がある場合は投資に至らないケースも多い。
私が投資判断で重視している 3 つの要素
私が投資判断で特に重視している要素は以下の 3 点だ。
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業界追体験の可能性
- 投資先を通じて新たな業界知識を得られるか
- 自分にとって学びの多い分野かどうか
- キャピタルゲイン以外の「特等席代」としての価値があるか
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コミュニケーション資質
- 一緒に食事をしながらビジネスを語れる人間性があるか
- 率直な議論ができる関係性を築けるか
- 長期的な信頼関係構築の可能性があるか
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創業者の技術的素養
- 特に AI 時代において、創業者自身が技術を理解しているか
- 設計思想を持ち、スケールする仕組みを作れるか
- 技術と社会問題の解決を結びつける視点があるか
これらの要素を総合的に判断し、チケットサイズ 100〜300 万円の投資を行っている。多くのエンジェル投資家と同様、私も経済的リターンだけを追求しているわけではなく、むしろ「どのような学びが得られるか」を重視している。
エンジェル投資はホームランを狙うハイリスク・ハイリターンの投資だが、ほとんどの案件が期待通りの経済的リターンをもたらさない現実もある。だからこそ、キャピタルゲイン以外の報酬(業界知識、人的ネットワーク、学び)を設計することが重要なのだ。
なぜコミュニケーション能力が重要なのか
投資判断において、創業者のコミュニケーション能力は思いのほか重要だ。これには複数の理由がある。
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長期的な関係性の基盤
- エンジェル投資は Exit(IPO や M&A)まで最低でも 5〜10 年の長期戦となる
- その間、様々な局面で投資家との協力関係が必要になる
- 良好なコミュニケーションは困難な局面での支援や追加支援の可能性を高める
-
情報共有の質
- 定期的な事業状況の共有が投資家との信頼関係を強化する
- 問題が発生した際の透明性ある報告が問題解決への協力を促す
- 良いニュースも悪いニュースも適切に伝えられる能力が重要
-
説得力と資金調達能力
- 優れたコミュニケーション能力は次のラウンドでの資金調達成功率を高める
- 自社のビジョンと戦略を明確に伝えられることが投資家の信頼を獲得する
- チームメンバーやステークホルダーを巻き込む力につながる
ハーバード・ビジネス・スクールの研究によれば、スタートアップの失敗原因の 65%が共同創業者間の人間関係とされる8。これは、コミュニケーション能力がビジネスの成否に直結することを示している。
私自身も最初の創業は前職の同僚と 3 人で始めたが、資本政策に対する意見が合わず、法人登記から 1 ヶ月で離れることとなった。互いに長期的に話がもつれるよりも早く決断できたおかげで今でも連絡を取り合う関係でいられている。
私の実体験では、技術力やビジネスモデルの優位性よりも、「この人と一緒に仕事をしたいか」という要素が最終的な投資判断を左右することが多い。特に面談時間が限られている場合、コミュニケーション能力は人間性を判断する重要な指標となる。また、技術でできるできないも大事であるが、それをやるやらないといった倫理観もかなり重視してみている。自分が儲かる分、人が不幸になるゼロサムゲームを選択している起業家には絶対に投資しない。
投資スキームの進化と実務
J-KISS など投資スキームの特徴と利用実態
従来の普通株式による出資に加え、近年は新しい投資スキームが普及しつつある。その代表例がJ-KISS(Japan – Keep It Simple Security)だ。
J-KISS は米シリコンバレーの 500 Startups が 2014 年に公開した KISS 契約を日本向けにアレンジしたもので、2016 年に当時の 500 Startups Japan(現 Coral Capital)により初版が公開された9。その後、2022 年に大幅アップデートされ、J-KISS 2.0(Post Money 版)が最新版となっている。
J-KISS の主な特徴は以下の通りだ。
- Valuation Cap(評価上限額):次の資金調達時に適用される企業評価額の上限を定める
- Discount(割引率):次の資金調達時に、設定した割引率で優遇して株式を割り当てる
- 利息・満期がない:通常の転換社債と異なり、負債性を持たず返済義務がない
- 転換トリガー:次回エクイティファイナンス実施時などに自動的に株式へ転換される
この仕組みの最大のメリットは、バリュエーション(企業価値評価)の決定を先送りできることだ。創業初期は適正な企業価値を算定するのが難しく、その交渉に時間を要するが、J-KISS を使えば「次の資金調達ラウンドで決まる価格」を基準にできるため、初期段階の投資手続きが迅速化される。
一方で、J-KISS には転換時の条件や複数投資家間の取り扱いなどで注意すべき点もある。また、投資家にとっては即座に株主権を得られないデメリットもある。実際、私自身は J-KISS などの可転換型の投資スキームについて「斜に構えている」部分もある。成功時には問題ないが、失敗時のシナリオ(株主と権利者の立場の違いなど)で不利になるケースが身の回りで起きたことがある。
また、バリュエーションの決定を先送りにできると言いながらも、キャップと割引率を決める時点で近しい作業であるように感じる。投資家や企業が主催するアクセラレータプログラムなどで手続き的に同じ条件で入るケースに適用されるのは良いが、起業家側から積極的に J-KISS を提案するものではないと考えている。
シードラウンドとエンジェル投資の関係性
シードステージのファイナンスにおいて、エンジェル投資は重要な役割を果たしている。一般的に資金調達ラウンドは次のように進む。
日本における典型的なエンジェル投資の規模は、個人投資家の場合 100〜500 万円程度が一般的だ。シードラウンド全体では 5,000 万〜1 億円程度の調達を目指すケースが多い。
エンジェル投資家と VC の協調関係も増えており、シード期にはまずエンジェルから小口の資金を集め、ある程度実績を作った後に VC から資金調達するパターンが一般的だ。この「段階的資金調達」は、各段階でのリスクに応じて適切な投資家から資金を獲得する合理的な戦略といえる。
また、シードラウンドでの評価額(バリュエーション)については、日本では 1〜3 億円程度が一般的な水準かも知れない。ただし、これは業種や事業モデル、創業者の実績などによって大きく変動する。プロダクトやサービスの進捗状況(MVP 開発完了、初期顧客獲得など)も評価額に影響を与える要素だ。
投資家が懸念するリスクとその対処法
エンジェル投資家は様々なリスクを懸念している。これらのリスクを理解し、適切に対処することが投資獲得の鍵となる。
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製品市場フィット(PMF)のリスク
- 懸念:作ったプロダクトに市場ニーズがあるか不明
- 対処法:市場調査データの提示、初期顧客からのフィードバック収集、MVP での検証結果の共有
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創業チームのリスク
- 懸念:チームの能力不足、共同創業者間の衝突、キーパーソンの離脱
- 対処法:補完的スキルを持つチーム構成、明確な役割分担、創業者間の契約整備
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資金枯渇のリスク
- 懸念:資金が尽きて事業継続できなくなる
- 対処法:明確な資金使途計画、現実的な資金調達計画、支出管理の仕組みの説明
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スケーラビリティのリスク
- 懸念:事業が小規模ビジネスに留まり大きく成長しない
- 対処法:成長戦略とスケールするビジネスモデルの説明、大きな市場規模の提示
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共同投資家(シンジケート)のリスク
- 懸念:他の投資家との利害対立、次のラウンドでの阻害
- 対処法:投資家間の関係性の透明化、株主間契約での権利保護
特に重要なのは、これらのリスクを隠すのではなく、正直に認識した上でその対策を説明することだ。投資家は完璧な計画よりも、リスクへの認識と対応能力を評価する傾向がある。
私自身が投資判断で重視するのは、上記のリスク要因に加えて、「創業者自身がリスクを理解し、それでも挑む覚悟があるか」という点だ。前述のとおり、「一緒に事業について語れる関係性」を重視しており、リスクについての率直な対話ができる創業者に信頼を感じる。
資金調達後の関係性管理の重要性
投資を受けた後の投資家との関係構築も成功の重要な要素だ。適切な関係性管理が次の資金調達や事業の成長に大きく影響する。
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定期的な情報共有
- 毎月のアップデートメールなどで進捗状況を共有する
- 良い知らせも悪い知らせも透明性を持って伝える
- 財務状況、KPI、課題と対策を明確に報告する
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助言や支援の適切な活用
- 投資家の知見やネットワークを積極的に活用する
- 具体的な支援の依頼と、その結果のフィードバックを行う
- 専門知識や経験を持つ投資家からの学びを最大化する
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次のラウンドに向けた準備
- 達成すべきマイルストーンを明確にし、その進捗を共有する
- 次のラウンドの時期や規模について早めに相談する
- 新たな投資家候補の紹介を依頼する適切なタイミングを見極める
理想的な関係性を構築できれば、エンジェル投資家は単なる資金提供者を超えて、メンターやアドバイザー、そして応援者となる。私自身も投資先の創業者とは単なる資金関係を超えた関係性を築き、長期的な成長を支援したいと考えている。
一方で、過度な干渉や報告義務は創業者の負担となるケースもある。関係性のバランスを見極め、お互いにとって価値ある関係を構築することが重要だ。
私の個人的なスタンスとしては、VC ではないためビジネスのアドバイスは基本的に行わない。逆に、同じ起業家として心理的な問題の共感や解決に力を注いでいる。起業家の心の火は思っている以上に消えやすい。どれだけ強い起業家といえど、多くの困難を 1 人で乗り越えるのは辛すぎるのだ。同じ起業家だからわかることを大切にしている。
おわりに:起業家と投資家の理想的な関係
キャピタルゲイン以外の「報酬設計」の重要性
エンジェル投資において、経済的リターンだけに頼った関係性は脆い。投資の成功確率を考えると、キャピタルゲイン以外の「報酬」を設計することが重要だと考える。少なくとも私はこの点を重視している。
私自身は投資を「業界の追体験をするための特等席代」と位置づけている。この視点には深い意味がある。
- 知識獲得の機会:新たな業界や技術トレンドについて深く学べる
- ネットワーク拡大:業界の専門家や起業家との接点が得られる
- 社会貢献:次世代の起業家の成長を支援する満足感
- 知的好奇心の充足:ビジネスの最前線で起きる変化を体験できる
このように複数の「報酬」を設計することで、経済的リターンが出なかった場合でも投資体験から価値を得られる。これは起業家にとっても重要な視点であり、投資家に対して「あなたが得られる非金銭的価値」を提示できれば、投資獲得の可能性が高まるだろう。
信頼関係の構築が最も重要である理由
エンジェル投資の本質は、人と人との信頼関係にある。特に初期段階のスタートアップでは、投資判断の多くが創業者への信頼に基づいている。
信頼関係が重要な理由は以下の通りである。
- 長期的な関係性:Exit(IPO や M&A)までは通常 5〜10 年を要する
- 高い不確実性:事業計画通りに進むことはほとんどなく、柔軟な対応が必要になる
- 困難な時期の支援:資金繰りが厳しい局面や事業の方向転換時に支援が必要になる
私の経験では、投資後の関係性の質が投資の成否を左右することが多い。単に資金を受け取るだけでなく、投資家の知見やネットワークを活用できる関係を築くことで、事業の成功確率は大きく向上する。
これからエンジェル投資を受ける起業家へのアドバイス
最後に、これからエンジェル投資を検討している起業家へのアドバイスを述べたい。
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「評価コスト」を意識せよ
- 投資家が案件を評価する時間と労力は限られていることを理解する
- 簡潔かつ明確な説明資料を準備し、重要なポイントを最初に伝える
- 信頼できる紹介者を通じて投資家にアプローチする
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シグナルを効果的に発信せよ
- 学歴・経歴だけでなく、小さな成功実績も具体的に示す
- 他者からの推薦・支持を積極的に活用する
- 誠実なコミュニケーションを心がける
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投資家との「相性」を重視せよ
- 単に資金を出してくれる人ではなく、長期的に付き合える相手を選ぶ
- 価値観や事業へのビジョンを共有できるかを確認する
- 資金以外のサポート(知見、ネットワーク)も期待できるかを見極める
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資金調達を目的化せず、手段と位置づけよ
- 資金調達はゴールではなく、事業成長のための一手段であることを忘れない
- 調達金額やバリュエーションよりも、事業の進捗と顧客価値創出を優先する
- 必要以上の資金調達は創業者の自由度と持分を犠牲にする可能性がある
エンジェル投資は単なる資金獲得の手段ではなく、起業家と投資家による長期的なパートナーシップの始まりだ。お互いの価値観と目標を共有し、win-win の関係を築くことが、真の成功への道となるだろう。
参考文献
Footnotes
-
Spence, M. (1973). Job Market Signaling. Quarterly Journal of Economics, 87(3), 355-374. ↩
-
相川真司. (2023). 超わかる『エンジェル投資』を受けるまでの具体的な流れ. DiQt. ↩
-
Sena, P. (2024). 20 Reasons Startups Fail. LinkedIn. ↩
-
金融庁. (2023). 有価証券の募集または売出しに関するガイドライン. ↩
-
金融庁. (2023). エンジェル税制改正に関する報告書. ↩
-
今枝宗一郎. (2023). 2027 年にスタートアップ投資 10 兆円を実現させるには. ログミー Business. ↩
-
Seedblink. (2023). The Founder Factor on Startup Success: Solo vs. Co-Founders. ↩
-
Forbes Business Council. (2022). How Solo Founders Succeed. Forbes. ↩
-
Coral Capital. (2022). J-KISS 2.0(Post Cap J-KISS)を公開しました. ↩