品質評価を考えるとプロセスの評価が重要だと見えてきた
ブラックボックスの限界
現在、文章の品質保証に興味を持ち、これに取り組んでおり、ここで得られた洞察を今回は共有したい。文章に対する品質保証の話も当然含まれるが、この話を超えて、AI 時代のプロセス設計における重要な視点である。
AI の進化によって「LLM as a Judge」のような自動評価手法が現実的になってきた。しかし、この取り組みを深めれば深めるほど、AI がどれほど進化しようとも、成果物だけの評価では本質的な問題解決にならないという壁に直面する。これが本記事での主題である。
文章を AI で判定しようとしても、生成プロセスが見えないブラックボックスだからこそ、その品質判断には常に限界がある。これはソフトウェアテストでいうブラックボックステストの根本的な限界そのものだ。成果物を外部から評価するだけでは、その内部構造や生成過程に潜む本質的な問題を見抜けない。
見えない評価者の苦悩
文章評価において最も難しいのは、第三者という評価者の立場に常に制約がつきまとうことだ。評価者は文章の生成過程という「部外者」であり、文脈依存の壁に阻まれる。
少し異なる状況ではあるが、この壁を上場企業の社外取締役を務めた時に痛感した経験がある。社外取締役という立場は、まさに「第三者評価者」の典型例だ。取締役会では意思決定の結果だけが提示されるが、その背後にある検討プロセスや判断材料が見えづらい。
「なぜその判断に至ったのか?」というプロセスが見えない限り、その意思決定の質を適切に評価することは難しい。これは AI に文章評価をさせる状況においても全く同じ構造を持っている。
成果物への囚われからの脱却
なぜ私たちは成果物だけで評価しようとするのか。それは単純に成果物が目に見える形で存在するからだ。プロセスは不可視で捉えどころがない存在であり、時間軸に沿って展開される。記録も残りにくく、評価が難しい。
しかし、成果物にはその生成過程がどのような思考で進み、どのように検証され、どのように材料を集めてきたかという過程が、分離不可能な形で混在している。これらの要素を明確に分解して検証しない限り、本当の意味での品質保証はできない。
社外取締役の経験から見出したプロセス評価の本質
社外取締役の経験は、第三者という視点がもたらす独自の価値と限界について深く考える機会となった。第三者だからこそ言えることがある一方で、社外ゆえに内部の固有情報が不足するというジレンマがつきまとう。
限られた情報での意思決定という挑戦
取締役会での決議事項について、その提出される資料といった成果物だけでは判断の妥当性を評価できないことがあった。そこで着目したのが意思決定のプロセスだ。なぜその判断に至ったのかのプロセスは、抽象化されることで社外の人間から見ても評価できる可能性が高まる。
もちろん、そのためには意思決定プロセスを理解するための情報収集や、判断者のメンタルモデルを理解するためのコミュニケーションが必要だった。短期的にはコストがかかるが、それが一定のレベルを超えると、第三者の立場からでも意思決定の背景にある判断根拠や潜在的な偏りを見抜けるようになる。
判断材料と判断軸の分離による本質把握
社外取締役の経験から得た最大の洞察は、判断材料と判断軸を明確に分離することの重要性だ。内部の人間は豊富な判断材料と暗黙知化した判断軸を持っている。一方、社外の人間は判断材料が限られるが、新鮮な視点の判断軸を持ち込める。
この 2 つを分離して考えることで、意思決定プロセスの透明性が高まり、第三者視点からの評価が可能になる。よく「判断力があっても判断材料がないと判断できない」と言われるが、まさにその通りだ。判断するためには、判断材料を適切に切り分ける必要がある。
ブラックボックスからホワイトボックスへの転換
この経験から、成果物評価からプロセス評価への転換の必要性を痛感した。ソフトウェアテストの世界では当たり前の概念だが、経営判断や文章評価といった領域では、いまだに成果物に対するブラックボックス評価が圧倒的に主流だ。
大学院時代に関わっていた製薬データサイエンスの例も示唆に富む。PMDA が医薬品の承認審査において、AI による判断を含む場合でも、プロセス全体での品質保証123を重視する姿勢は、今の私の考えに大きな影響を与えている。確率的ミスを許容しつつも全体の品質を担保するという考え方は、AI がどれだけ進化しても本質的に重要であり続ける。
プロセス・イノベーションが拓く競争優位
現代は、欲しいものがほとんど手に入る飽和の時代になった。モノの希少性は低下し、差別化が難しくなっている。このような状況では、プロセスのイノベーションこそが次の競争優位の源泉になり得る。
プロセス設計が生み出す持続的価値
「価値を作る人、価値をお金に変える人」という役割分担は分かりやすい例だが、さらに踏み込めば、価値はプロセスから染み出すものだと私は考えている。プロセスの品質を高めることが、長期的には価値を高める本質的アプローチだ。
成果物の表面的な品質向上は短期的には効果があるが、長期的な競争優位性にはつながりにくい。それは成果物そのものが模倣可能だからだ。一方、優れたプロセスは組織の文化や暗黙知と結びついており、簡単には模倣できない。
短期的な痛みを超えた長期的な視点の重要性
起業家としてプロセスのイノベーションに取り組む難しさと孤独も経験してきた。この変革は、しばしば短期的なパフォーマンス低下を伴う。また、その価値を外部に説明することも難しい。「何をしているのか」と問われると、成果物ベースの話でないと理解されにくい。
しかし、この短期的な痛みを受け入れ、長期的な視点で取り組むことこそが持続的競争優位につながる。プロセスのイノベーションは組織の深層に働きかけるものであり、その効果が表れるまでに時間がかかるが、一度根付くと強力な差別化要因となる。
連鎖的・循環的な価値創出システムの構築
プロセス・イノベーションの真価は、連鎖的・循環的な価値創出システムの構築にある。1 回限りの改善ではなく、持続的に価値を生み出す仕組みを作り上げることが重要だ。
私が創業したキカガクでの人材育成においても、初期利益を人材育成に再投資し、育成された人材が次世代を育てるサイクルを作ることで、持続的な成長を実現してきた。これも一種のプロセス・イノベーションだったと言える。
「ルンバブル」な世界:AI が通りやすい道を作る
最近「ルンバブル」という言葉を聞いて、まさにその通りだと思った。掃除ロボットであるルンバが効率よく動けるように障害物を減らし、通りやすい環境を整える考え方だ。この概念が IT 業界でも「AI 対応のプロセス設計」という文脈で、AI 時代の組織やプロセス設計に重要な示唆を与えてくれる。
AI-friendly なプロセス設計の重要性
これからのプロセス評価において最も重要なのは、AI が通りやすい道筋を作るという視点だ。例えば、最近ベンチャー企業を中心に使われている Notion にデータを貯めると、一見 Markdown 風に見えても、実はリッチエディタ仕様の複雑な構造になっており、必ずしも AI-friendly ではないと痛感した。
AI 時代には、AI-friendly、AI-enabled、AI-ready なプロセスを設計し、AI がスムーズに通れる高速道路を作れる人材が不可欠になる。デジタルに落とし込まれたオペレーションでは AI の方が人間より圧倒的に速いため、人間がボトルネックになりやすい。
アナログとデジタルの架け橋となる人間の役割
AI 時代に人間に求められるのは、アナログとデジタルの架け橋となる能力だ。情報を AI が処理しやすい形に構造化し、AI と人間の協働を最適化するプロセス設計が重要になる。
これはまさにプロセス・イノベーションそのものであり、短期的には痛みを伴うこともあるが、長期的な競争優位につながる取り組みと言える。
AI のボトルネックを解消するプロセス変革
成果物の評価だけでなく、プロセス自体を AI-friendly に変革することで、AI の能力を最大限に引き出すことができる。これは文章評価においても同様で、評価対象の文章だけでなく、その生成プロセスも含めて設計し直すことで、より高度な品質保証が可能になる。
文書作成プロセスの各段階で AI が支援できるポイントを特定し、人間と AI の最適な役割分担を明確にすることで、プロセス全体の効率と品質を高められる。
プロセス評価から未来を拓く
文章評価という入り口から始まった考察は、プロセス評価の重要性への気づきを経て、AI 時代のプロセス設計という未来志向の視点へと発展してきた。最後に、このプロセス評価の実践と未来への展望について考えたい。
第三者視点を活かしたプロセス評価の実践
プロセス評価を実践するためには、まず第三者視点を意識的に取り入れることが重要だ。自己の取り組みを客観視する能力を磨き、外部からどう見えるかを常に意識する習慣をつけよう。
自分達で仕事をしている時には「当たり前」だと認識していたものが第三者視点に立つと当たり前でないことに気づく。この文脈や偏りといった暗黙知を意識的に可視化することで、プロセスの本質が見えてくる。
AI が走る高速道路の設計術
AI 時代のプロセス設計のポイントは、情報の構造化と標準化だ。非構造化情報をいかに構造化するか、多様な形式をいかに標準化するかがカギとなる。
また、人間と AI の適切な役割分担も重要だ。AI が得意なことと人間が得意なことを見極め、相互補完的なプロセスを設計することで、全体最適を実現できる。
プロセス評価がもたらす未来 - 問いかけと展望
文章の評価においてプロセスを重視する視点に気づけたのは、意外にも社外取締役という第三者性が求められる全く別の経験があったからこそだ。そして、プロセスを見つめ直す中で見えてきたのは、AI 時代の新たな価値創造パラダイムだ。
最後に問いかけたい。あなたの組織や取り組みは、AI が通りやすい道を作れているだろうか? プロセスのイノベーションこそが、これからの時代の真の競争優位の源泉になる。成果物だけではなく、そこに至るプロセスこそを評価し、改善していく視点が、未来を切り拓く鍵となるだろう。
参考文献
Footnotes
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プログラム医療機器の特性を踏まえた適切かつ迅速な承認及び開発のためのガイダンス (令和 5 年 5 月 29 日) - 第 1 章「ガイダンスの位置づけ」において、医療機器の開発段階から市販後まで、ライフサイクル全体を通じた品質保証(設計 → 製造 → 変更管理 → 市販後監視)の実施が要件として示されています ↩
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AI を活用したプログラム医療機器に関する報告書 (令和 5 年 8 月 28 日) - 第 3 章「リスクマネジメントの実装」において、AI/ML ベース医療機器のハザード特定からリスク評価、リスクコントロール、市販後モニタリングまでの一貫した品質管理プロセスを具体的に解説しています ↩
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AI を活用した医療診断システム・医療機器等に関する課題と提言 2017 (2017 年 12 月 27 日) - 第 2 節「レギュラトリーサイエンスの視点」で、ISO 14971 に基づくリスクマネジメントのライフサイクルアプローチ(開発前評価、承認時審査、市販後変更管理)の枠組みが整理されています ↩